岡本眞ブログ

2017.01.29

会社の社長や総務担当と話していて、「なんで社員が思うように働いてくれないんだろう!」
とぼやきに似た発言を聞くことがよくあります。
そんな声を聞くたびに、どっちに責任があるんだろうとつくづく考えてしまいます。経営者の方がほんとにやってほしいことをちゃんと言っているんだろうか。言ってても言葉だけ発して、社員の気持ちに伝わっていないのではないか。気持ちに訴えていてもそこには土台無理な溝があって虚しく響いているだけではないのでしょうか。
言っていることが理解も納得もされず難しいと思われてはいないだろうか。また経営者もそんな社員の態度を見て拒否反応を示された、と拙宅な感情にとらわれていないだろうか。
 ここかようなコミュニケーションの行き違いは、なにも職場内のみの問題ではないですね。人間集まるあらゆる組織や仲間内にでも日常茶飯事な現象ですよね。

しかしこと会社や職場のなかではこんなお互いのズレは極力出ないようにすることに越したことはありません。
「分からなければ解かったと分かるまで確かめろ」とか「いっぺん言って分からなければ2度3度教えろ」とか言うに簡単です。が、さて社員や部下が本当にこちらの言うことが分かって、しかも進んで行ってくれるかといえば、これまた大変な努力が要ることです。
「勉強しろ!」「はい分かりました。」なんていう親子関係は返って珍しいです。
しからば何か人に頼んだり要望する側の心得ておかなければならないものって何なのでしょうね。今更ながら考え込んでしまう問題です。
1言うて10分かる相手や集団なら苦労しません。しかし現実は1言うても0.1かせいぜい0.5で半分も意を汲んでくれたら儲けものですよね。さらに喜んで実行してもくれる人って余ほど気心が知れ互いに尊重し合っていないことには難しいのではないでしょうかね。

一番大事なことは人間、そんなもんだ、という気づきだと思うんですよ。以前、あの佐藤愛子さんが「人間、御臨終を迎えるときその傍らで見届けてくれる親族でさえ単なる見物人に過ぎない」と言われています。また瀬戸内寂聴さんも「寂しさ、痛さ、苦しみなんて他人に分かるはずがない。年をとるに連れ孤独との付き合いが大きい。」と。
要は本当のところは他の人間には何にも分からないということだと思うんです。私なんか自分のこともさっぱり分からない人間です。
その冷厳な現実、そこからお願いする内容や表現を考え直していくことではないでしょうか。
当方の言い分がなぜ分かってもらえないのだろう、と思う前に社長自らの胸襟開いた思いや考えを洗いざらいにさらけ出し社員にその気にさせる雰囲気作りが重要でしょう。
制度つくって魂入れずの現象もよく見受けます。

忙しいのをいいことに誰かに設計させた組織の規範や制度をそのまま導入し、すぐに行き詰まって定着できない職場も珍しくありません。
何のための決まりごとなのか。その目的は何か。ねらいとするものが社員1人1人に理解され、「よっしゃあ、いっちょう協力したろか」とその気にさせるようなものになっていますか。「うまいこと言うて、どうせ私達をまるめこめようとかんがえているんじゃないのか。」などネガティブ・スタンスを示されるようなものならもう一度考え直した方がいいですよ。
厳しい現実、皆が夢踊り、幸せを直感できるものばかりではないことも確かです。ならばこそ、そういう窮状を懇切丁寧に説明し打開の糸口を考えてもらうということも大事なアプローチと思います。

“自分は1人、誰1人して同じ言葉、同じ考え、同じ感覚での理解はない。”
いま一度、立ち止まって考えてみる必要があるのではないでしょうか。

2017.01.23

待ちに待った日本出身横綱いよいよ誕生しましたね。
昨日の大相撲初場所の千秋楽のテレビ中継視聴率は21%だったとのこと。
私もテレビの前で、心おきなく泣きましたわ(妻が用事で外出し、泣き顔を見られなくてもよかったです)happy01weep
学生横綱で角界入りして活躍する力士の多いなか稀勢の里は恵まれた体を即生かすべく中学卒と同時に、最も厳しい稽古で知られる鳴戸親方(元横綱隆の里)率いる鳴戸部屋に入門したという。
新入幕から73場所での横綱昇進は史上最も遅い。大関になって苦節31場所目、ついに重圧白鵬打ち破り「平成のおしん横綱」として花開いたんです。

高安関とのやり取り
私が最も感動感激したのは14日目で稀勢の里の優勝が決まった後のこと。田子ノ浦部屋に先に戻っていた”弟”弟子高安は、帰ってきた稀勢の里に「優勝おめでとうございます」と声をかけたとのことです。返ってきたのは「高安のおかげだよ」という感謝の言葉。さらっと言ったこの言葉に高安自身、「ビタミン剤100本ぐらいの効果がありましたよ」と感激したそうな。9日目、稀勢の里は琴奨菊に黒星を喫した。その直後、弟弟子の高安は白鵬に土をつけたのです。
何と美しい兄弟愛じゃないですかconfident
私達はよく「おかげさまで」とか「皆に支えられて・・」とか「有難とう!」と周囲への感恩の気持ちを言葉で表現しますね。
人の心の琴線に触れるのは、やはりこういう感謝の気持ちをはっきり言うことと思いますよ。clover

心を動かす一言
私がまだ入職間もない頃、当時の上司が土曜日(休日)を返上して雑誌編集の校正に印刷会社に出張していたとき上司が自宅から「岡本君ご苦労様!頑張ってや!」と激励の電話をしてきてくれたことをよく思いだします。この部長は3年前亡くなりましたが、若い私のやる気を大いに上げてくれましたup
当時私は「なんで、自分ばかりこんな時間に追われ、残業代もつかない仕事をせんならんのや。先輩方は休日を思い思いに楽しんでいるのに・・」と面白くない感情に覆われていたのです。
人が心底、嬉しいと感ずるその一瞬というのは、皆それぞれのストーリがあるんでしょうね。
高安関のようにビタミン剤100本の効果とは違って、私の場合、「ああ~、この部長にずっと付いて行こう。ちゃんと自分のことを見てくれている。」という安心感みたいなものを抱いたことを懐かしく思い出します。
それ以来、人に何か、やってもらうときには、その日がくれば忘れずにできるだけちゃんと声をかけ、終わったら「ありがとう」との言葉をいうことを心掛けています。あたり前のことですが、この当たり前のことができない人もいるのです。
「あたり前」は他人は気づいても、本人自身はあまり気づかないものです。とかく「あたり前」は自分の置かれている立場のありがたさ、取り巻く人への感謝を忘れさせいつの間にか、不満だけを抱かせます。
心しないといけないことですねconfidentconfident

2017.01.15

今朝の新聞に女優の黒木瞳さんが「どんな役を演じるにも、それは自分自身とは違う人物なのだ」と思い、役1人1人にどれだけ愛情を注ぎこみ、この人はどんな人物なのだろう、どんな体験をし、どんな話し方をし、どこらへんから声を出す人なんだろうと、とことん追求して演ずると言っています。スマップの歌ではないが、この世で誰一人として同じ人間はいないし、誰もが個性豊かで掛け替えのない素晴らしい人間だと綴る内容に共通しているように思います。ほんとそこまで誰もがお互いを尊重し、言っていることの意味とか心情を慈しみ愛おしむことができるんなら私も”世界人類みな幸せ”は実現すると思いますね。

しかしちょっと周りを見ると、自分こそが正しい。自分はまともだ、あなたは間違っている、と思っている人はわんさかいて、小さな諍から国家レベルの戦争まで絶え間なく起こっているのが現実でもあります。
釈迦がお生まれになったとき「天上天下唯我独尊」といわれたそうです。本来その意味は自分の値打ちは自分しかないので、その値打ちを尊重することがあらゆる関係の源であるとのことです。しかし我こそが一番、正しいと振る舞う輩が少なくないのには曲解もいいところでうんざり、甚だ迷惑な話ですね。
花田清輝の「楕円の思想」というものもあります。この社会いろいろな考え、思い、行動はそれぞれ。中心は複数の焦点を持っていて、その意味で絶対とか誰もがとか、みんなとかの表現は短絡的思慮のないことと思われるのです。

オバマ大統領の退任演説は、多くの人の共感と共鳴を受けました。私も食い入るようにテレビ放映を見ました。その高尚な理念と未来への希望は、私達に自信と励み、勇気を与えてくれました。
かつてイギリスの首相(アトリー)は民主主義の基礎には、「他の人が自分より賢いかも知れないと考える心の準備」を持ち合わせていなければならないと言っています。
大事なのは何であれ、間違っている、正しくない、と物事を決めつける前に、あるがままの事実を事実として受け入れる寛容さと謙虚さがなければならないと思います。寛容に時間がかかることは仕方ありません。理解しあうにはお互い向かい合う真摯な態度姿勢が要るからです。しかしその時を疎かにし自分の私利私欲を張れば一方は傷つき、その上に怨念も積もります。
今、世間の動きがにわかに怪しい雲行きになりつつあるように思わざるを得ません。不平不満をいたずらに煽り、その不満の発露を周囲に爆発させようとするとどんな現象が起こるのでしょうか。過去のいたましい歴史が証明してくれていますね。
歴史は繰り返すとも言いますが、食い止める勇気こそを尊びたい。そんな気持ちを強くする年初めです。

2017.01.05


 新年 あけましておめでとうございます。
今年の元日は穏やかな天候に恵まれ、よきスタートがきれました。
長らくブログを中断しておりましたが、ことしからなるべく内容のいかんを問わず気づいたこと、感じたことを気軽につづっていこうと思います。
皆さんは初詣に行かれましたか。この年どしの節目にいろいろな願い事やら夢を祈るのはわが国だけではないようです。
新たな年にあたっておごそかにお祈りをする風景は世界中のひとびとの共通のイベントでいいものですね。
その願い事で多いのは先ずは健康、次に健康、三に家内安全、無病息災、商売繁盛、、と続くのが多いですね。
さて1年の計は元旦にありといいます。皆さんはどんな年にしようとお思いですか。計ですので単に神頼みや祈願とは異なります。
自分なりの目標ですね。目標ですので3日坊主になってはいけません。
そのためにはあまり気張らない、ちょつとしたことででき、自分にとって楽しみなことが良いのではないでしょうか。
私は毎年続けていることも含め今年は次のようなことを言い聞かせていきたいと思っています。

健康面
就寝は11時30分までにする。
腹7分を心がける
ラジオ体操第1&第2を朝晩行う。

趣味・教養・活動
篠笛練習毎日30分(今年の目標は音程マスター。簡単な童謡なら楽譜を見ずに奏でられるまで)
労政時報の詳読
輪読会活動
出身学校の同好会

仕事面
企業成長を支える人材づくりと制度設計
高齢者の働き甲斐とその活用策
人事評価制度の研究

その他心がけとしては、物心両面の断・捨・離つまり
きっぱりモノを”断”つ
さっぱりガラクタを”捨”てる
すっぱりトラワレから”離”れる
を人間関係を含め実践していきたいと思っています。


「昨年のサンキュ~」
嬉しかったことの1番は、手術入院から退院しリハビリ特訓の効を得て早期に完全復帰できたこと
ギターとのデュオで篠笛演奏のステージに立てたこと
それらの記録として同郷の学友が「古刹 山城国浄瑠璃寺」というビデオを制作し収めてくれたこと
です。
よろしければクリックして覗いてみてやってください。
http://youtu.be/EzGxfukxwuI

2015.04.16

表題をご覧いただきあの世界的なベストセラーになったデールカーネギー氏「人を動かす」を思いだされた方にはごめんなさい。

最近「組織を伸ばす人、潰す人」(PHP研究所)の著者で有名な柴田励司さんの図書を読み、いろいろと共感したことがあります。
人が育つ職場や風土づくりなど人と組織の活性化について長年、業を続けている私も今更ながらに肝に銘じなければならないことを多々再認識した次第です。

今のご時世、時間をかけて部下を育てる余裕など、ないと思われている経営者はいませんか。
著者は今の企業組織で働く者の多くが集団皿回し症候に陥っていると表現しています。
皿回しという曲芸は、何本かの棒で皿を回し落ちそうになったら走っていき、また回転を上げて皿を回し続け、より多くの本数を競う見世物ですね。

このさまが自分が直面している仕事をひたすらこなし、さばいている姿に似て、まるで皿回しのようだと言うのです。

集団皿回しに陥ることなく健全なマネジメントを行うには、
「新たに始めること」
「継続すること」
「止めること」
の3つのバランスをよく考えて時間を取捨選択していくことだと。

そうですね。
月日や時間はあっという間に過ぎるものです。いままでの繰り返しでは皿回しと一緒です。有効な時間の使い方や労力の注ぎ方はこの3つのバランスをよくよく考えてやらないと結局、当面のこなし処理に追われてしまいます。皿回し症候がますます重症化するも必然です。

自分の会社を悪くしよう、足を引っ張ろうと思っている人はいない。
しかし「仕事を頑張ろう、会社に貢献しよう」という気持ちには強弱の差があります。個人差があります。

柴田氏はできない人間をできる人間にするにはなんと言っても先ずはやる気の前にその気にさせる、ことが大事だと言っています。本人がやってみたい、と思わせる気持ちにさせることですね。
やる気というものはどういうときに起こるのでしょうか。
私は誉められると気分が高揚してきます。
豚もおだてられると木に登る、つていうやつですね。
周りの人がどう振る舞い、どんな言葉をかけるかによってやる気は高まったり、逆に下がったりするものです。
中学生の頃、好きな担任の科目が得意になったり、お母さんに褒められたものに夢中になったりした方は多いのではないでしょうか。

有名な日本海軍連合艦隊司令長官 山本 五十六の名言があります。
「やって見せ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ
話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず

やっている姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」

どうですか。
人を育てることということは、実に多くの気遣いと根気が要りますね。
教育の仕事に関わって長らくの経過です。きょういく(今日、行く~)、なんての付け焼刃ではどうしようもないです。そうかといって天下国家の100年の計は、教育からなどと流暢なことも言ってはおれないでしょうね。
人の自尊心を尊重し、相手がやれないのは、自分が教えなかったのだ!という格言を今、もう一度問われているように思います。

2015.04.07

新年度に入り、1週間が経ちました。椿から梅、梅から桜、桜からつつじ、つつじからバラ・・と春爛漫、生命が踊り息吹いています。街中の女性も眩しいぐらい輝いています。若者の背筋もしゃんと伸び、歩みが速いです。高齢者の頭はますます光沢、輝きを増しています。
皆さん、春です。はぁ~~るです。
はい!昨日より今日、今日より明日。きっときっと良くなる。良くなるのです。だって春ですから。
そんな、気分になりませんか。
 
ところで昨日、沖縄の翁長知事と菅官房長官が初めて会談したニュースを読みましたが、ありゃ、どう見ても翁長知事の方に説得力がありますなあ~。今の政府はやることなすこと国民の神経を逆なでしているようです。これまでの政府の対応を「政治の堕落」とまで言い切った知事の言葉に、ドキリとしましたね。やはり私達1人ひとりがもっと真剣に考えなければならないと正直、思います。

「近づけばだれ1人まともな人はいない」これはあるイタリアの諺ですが、まことに至言というか言い得て妙です。だれもがまともじゃない自分を抱えて生きているからこそ他者への思いやりを持つことが大事ですね。自分こそが正しい。自分はまともだ、あなたは間違っている、と思っている人ほど薄情で、まともでないのです。

またイギリスの首相(アトリー)は民主主義の基礎には、「他の人が自分より賢いかも知れないと考える心の準備」を持ち合わせていなければならないと言っています。
大事なのは何であれ、間違っている、正しくない、と物事を決めつける前にあるがままの事実を事実として受け入れる寛容さと謙虚さがなければならないと思います。和顔愛語、そうです。あの禅僧道元の言葉です。先ずは笑顔で挨拶。これが大事ですわ。挨拶もできない人に偉そうなことを言う資格はない。そう思ってあなたの周囲の人を少し連想してみてくださいな。そう、案外、当っているでしょう。

しかしいたずらに愛想ふりまいている人がいいわけでもないですよ。表面上の愛想をよくすればいいものではない。現実の営みの悲喜こもごもをみんなを理解することなんかとてもできるはずもない。
 だからこそ気軽に挨拶をしこちらから好意関心を示すことが尊いと言えるのではないでしょうか。
厳しく優しい表情というものに引き付けられることがあります。人間の哀しさを深く理解したときに滲み出るものだ、と思います。沖縄ひめゆり平和祈念館館長島袋淑子さんの放映番組を見たことがあります。17歳の時学徒として動員され、あの熾烈な沖縄戦の語り部として体験を伝えてこられましたが、このたび退任されるということです。厳しくやさしい、という表情がぴったりの方でした。

2015.03.09

先日、久しぶりにマナー研修の機会をいただきました。
おしゃれは”自分”のため、マナーは”相手”のためといいます。
マナーの悪い人、いい人の判別は1人ひとりの感覚や好みで異なります。しかも強制力もありません。
いい歳をした大人にいちいち「こうしなさい、とかこんな態度してたらだめですよ。」と誰一人正面だって言ったりしません。だから厄介なんですね。ひっそりと心の中で、なんやあいつの言葉づかいは!態度は!と引いてしまうんですから。

そしていったん受けたそのネガティブイメージがそのまま頭深くに刻み込まれて、お互い修復不可能なくらい和合することはない運命になっていきます。

皆さんは彼氏や彼女をつくるとき全神経全感覚を集中して、した吟味をされたはずです。どんなにイケ面でも美人でも、下品にしゃべりながら口をくちゃくちゃ開けてご飯をたべたり、だらしない汚れた服装でデイトしたりする相手にはやんわりと遠ざかっていきますよね。本人は気付かないので余計に厄介です。
つまりマナーは相手に不快感を与えることのない身につけておくべき行為なんです。

今、この種のビジネスマナーを組織上げて取り組んでいる会社が増えています。好感を抱いてもらうマナーを全社員が身につけそれを実践し会社イメージを向上させる戦略の一つです。しかしマナーはテクニカルなスキルではありません。相手を思いやり、誠意でもっておもてなしをする、マインドその表れです。

朝、出社したら一番に大きな声で「おはようございます!」と明るく挨拶する、人に何かしてもらったら「ありがとうございます!」目をみて挨拶をする、これが基本です。
下をみて小さな声で「すいません。」では何にも好意は伝わらないばかりか逆効果です。
私たちはこんな頭では分かっているが、実際にはできていないことがいっぱいあるのではないでしょうか。年と共に実行できないこともいっぱいあります。素直になれないクソ面子の仕業です。

人間なんて勝手なもので、皆自分と同じ感覚や感性を持っているものと思い込みたいんですね。しかし100%あり得ません。
態度が悪ければなんで、そうなん?といって疑心暗鬼が増幅します。そして相手をののしります。相手を攻め当の本人はますます容姿が醜くなります。

自分にはない優秀で賢い人は周囲に沢山います。でも「ああいう人には絶対なりたくないし、付き合いたくない」そう思える人も大勢います。
人の能力って数えきれないぐらい広く深いものです。でも何といっても一番尊いのは周囲の人たちの笑顔を誘う人間性を言うのではないでしょうか。相手を慮り、真心から対応できる人は、その人の人間性に現れます。嬉しいことをして笑顔で応ずるのが楽しい人は、素晴らしい能力の持ち主だと思います。

「自分が喜べば、喜びごとがいっぱい喜んで、周囲の喜びごとも引き連れて、自分のところへ喜びに来る」。素直さと喜びの好循環です。本当にそう思います。

2014.10.05

痛ましい自然災害が続き、何とも心晴れぬ日々です。自然界の猛いの前には人間は全く無能な存在に映ります。
昨日、僕は生れ故郷の高校OB会に出席してきました。達徳会といって、会員数30,712人を数える全国でも有数の一般社団法人同窓会なんですよ。

数々の来賓挨拶の中でも母校校長の話が印象的でした。いわく、最近豊岡高校卒業生として誇りに感じ嬉しかったこと3つ。
「1つ、IPS細胞の研究で米国に留学している山中教授直伝弟子がいること。2つ、東洋と西洋をつなぐトルコイスタンブールの海底トンネルの技術設計者が豊岡高校卒ということ。3つ、野球県大会で西明石高校に勝利し高らかに豊高校歌を歌ったこと。」
ちょっぴり嬉しい自慢にできる話じゃあないですか。あの高校野球激戦区の兵庫県においてわが公立高が勝ち、そのフィールドで思いっきりな大声で校歌を歌われた学校長の姿が目に浮かび、微笑ましい気持ちが伝わりました。
 同期の同窓会もそれなりに楽しいですが、こんな嬉しい話が聞けるのも学年を超えた同窓パーティだからこそです。

今や急速に少子高齢化が進んでいます。限界集落寸前の自治体も数多いのが現実ですね。このまま5年、10年と経過すると当たりまえに受けている今の公共サービスもなくなることも予想されます。橋や道路などインフラはもちろん交通手段、買い物など日常生活の不便さを強いられるのも目の前です。故郷は遠くにて想うものなり、とはいえ昔、幼少、青年期に育ったDNAはなかなか消えません。
急に1人ひとりができる故郷への応援として「ふるさと納税」制度の活用を進めていければといいのではないか、と思い付きました。全国ではこの制度を使って成功している町もたくさんあります。年収780万円までの方なら3万円の納税でも実質、自己負担は2,000円で済みますよ。しかもその地域の恵みてんてこ盛りの特典もありです。一考の価値はありそうですね。

2014.09.14

久しぶりのブログですcafe。どうも一旦、止めてしまうとさて改めて考えるのも億劫になってそのうちに、そのうちにと延び延びになってしまいますsweat01
根が飽き性な上に、何かと強制が嫌で言い訳が得意な自分は、日誌とか決め事の行いにはあまり気が進まないのですbleah。「いずれそのうち・・」「いつか、また・・」など実に便利な言葉を自分に使ってるんですねbleahhappy02
 とか言っているうちにもうどんどん陽が短くなり秋本番になってきましたapple。3連休の土曜日、2階の窓から隣の公園を見下ろすと何十匹もの赤とんぼが気持ちよさそうに風に乗ってすいすい飛んでいましたeye

今年は梅雨がずっと9月まで続いたような雨夏でしたねrainmist。炎天下、白球を追う甲子園球児達の試合も豪雨でずいぶん延期されましたよねbaseballcloud
そういえばジージーと鳴く油蝉の声も、夕立のあと物寂しくカナカナカナと鳴くひぐらしも、お盆過ぎには「ツクツクボウシ♪ツクツクボウ~シ♪」の名残のせみ声も聞かずじまいに去ってしまいましたdash。まことに無常迅速ですbullettraindash

 不治の病に侵され余命幾ばくもない患者さんや死刑囚は、残されたこの世の命をいかに充実した日々にするか、真剣に考え行動されるといいます。もうあと何日、何時間ともなれば真剣に考えざるを得ないのでしょうねwatchflair

 私も還暦を過ぎてからというもの自分の歳を重ねるのを敢えて忘却するかのように気にはしないようにしていますcoldsweats01coldsweats01。しかし人間、いつまでも生きていられないことをもっと自覚すべきでしょうねflair。ただ惰性で永らえても生きてても幸福ではありませんwheelchairsmile。昨今、「健康寿命」の拵えが一大関心ごとになっています。連日、テレビでも雑誌図書でも取り上げられています。皆が健康で長生きし、最後はピンピンコロリ。こんな幸せなことはありません。私もそう願いたいものですsmilesmilesign04

 cloversoon人生の最終章に向けて先人の言葉にあるように「生きているのではなく」「生かされている」ということをもっと謙虚になってthinkこれからの心掛けの底に置きたいと思いますchair
「人生は二度ない。人生を愉しもうじゃないか」は、いかにもイタリア人的発想で「生きる」面白みというべきといえますねnotesnotes
ただし無理に非凡に生きようとすれば、さまざまな悲劇・喜劇・惨劇さえ起こしますtyphoon。これまた人生ドラマ、まるごと自分の足跡でもあるのですfootfoot。それはそれで後悔の何一つできない代物なんですclip
nightcafe
歳のせいでしょうか、最近、どうも生きるよりも生かされている、との思いのほうがしっくりきていますshadowwine
「生きる < 生かされている」ことの心構えは、自分を必要以上に背伸びもさせず、自然体でしかもできる範囲での目標に何とか努力できそうにも思えてきます。bell
欲を張ってもそれがどれだけのもんや。生かされているんやからその人たちに感謝の気持ちはちゃんと形で表していこうとclub。でもそれはそれでかなり具体的で現実的な意思と行動が求めれますeyeglass
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今朝のNHKで、高齢者の健康生活のケースが紹介されていました。女性は自宅から出て生きがい探しが得意だが、男性はなかなか外出さえできないhousedash。何とか自宅から外に誘き出す生き甲斐の居場所をと、東大と共同で研究したが将棋・囲碁、図書館、勉強会、共同農園などは効果なしというshock

高齢男性を外出させ生き甲斐探しのヒントは「役割」eventが共通用語なのだそうです。要するに地域・職域に関わらず社会的な役立ち度wrenchが男性の生き甲斐で、お年寄りには「こんな役割をひとつ担ってもらえないでしょうか」と上手に乗らすことが決め手だといっていましたpc
私も痴呆になる前に小さな志かもしれませんが社会との関わりをやはり今の仕事で中で果たすよう、自らを鼓舞していきたいと思いましたpunch

2014.05.05

久しぶりのブログです。cherry都会の喧騒を逃れ故郷豊岡で懐かしい友達と温泉spaに入ったり、お酒を飲みながら思い出話に興じましたtrain
故郷があるのはつくづくいいものです。親は他界したものの兄弟や親戚が住む故郷。
また旧知の友が待ってくれているのはほんと、ありがたいことと思いますhappy01

いっぺんに幼少~青年期にタイムスリップするのも当時の面影残す友との語らいの中ですねbottle。自然に顔がほころび、当時の状況がリアルに浮かんできますbeer
普段忘れている方言も不思議に出てその場の親和をさらに強め広げてくれます。
歯に衣着せない会話。自慢話もニヤニヤ聞き流せ、それでいて今までのプライベートストーリに賛辞する、このなんともほんわか気分がいいですwinkbleah
角がとれ頑を張ることもない。sign04何事も「まっ、いいか」「それがどうした」「人それぞれ」sign04
この自己承認・他者承認、アイムOK・ユアーOKの気持ちconfidentがベースにあるからのように思います。

友の1人が当時のアルバムを持ってきてくれましたclip
なんとsign01イケ面な、と目に付いたのが自分自身とはあきれ果てますがsmile、みな髪はふさふさ、顔もつるんつるん、凛々しい表情ですscissors。今や地球引力に抵抗するだけの筋力の張りがなくなった大昔のお嬢さん達は、もう見る影もなく、やれこの子が良かった、かれあの子と手をつないだの、体が触れたの等々これまた男同士が興じる宴の定番でしたlovely

一期一会japanesetea、この言葉がいよいよ重みを持って感じられるような年齢に近づくにつれ友達は大事にしなければならないと思った帰省でしたclover

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