岡本眞ブログ

2017.05.07

今年の大型連休が終わりました。皆さんはいかがお過ごしでしたか。気候よし、天気もまずまず、各地大勢の人がごったかえしていましたね。
予定は未定と言いますが、僕はほぼ予定通りの期間を過ごしました。
信楽に倉庫を持っていますが、年に2~3回しか行けなく雑草がぼうぼう状態で、近所から苦情が出るのではないか、と気になっていました。
草を刈り、地面に除草用の黒シ―トを張って完全にシャットアウトしましたよ。また倉庫のトタン屋根にホワイトのペンキを塗り、これで2年間は雨漏りの心配はいらないです。
この作業、締めて2日間、職人さんに頼めば3万円はかかります。節約しました(笑)。

 

これで気を良くして6日土曜日は久しぶりに京都の淀に行き、次男と一緒に競馬を楽しみました。
結果は5レースから12レースまでアウト1万円、イン1万円と半日のゲームをの楽しむには安すぎる余暇時間となり面白かったです。
鮮やかなグリーンの芝をけなげに走るサブレッドの表情が真剣で凛々しく、馬券を外しても少しはこの馬達の足しになると思うと惜しくもなくなりますね。
ちなみに次男は勝負勘があるというのか、正味6万円のゲットでした。
親子というのに貼り方が僕と1ケタ違います。なんかケチくさくて情けなくなりましたわ。

 

当日の最終レースにびっくりしたました。何と3連単で560万の配当が出たんです。この数字のすごさ、分かりますか?
100円の馬券が560万円に返金されるビッグな「当たり馬券」のことですよ。
500円で買ってたら2,800万円、1,000円なら5,600万円、1万円なら5億6,000万円、、、悔しい!!
2着、3着に超人気薄の馬が着けば、こんなこともあるのです。
まっ、結果論で一喜一憂するのが博打にはまる悪いパターンですがね(笑)。
夢を買うには宝くじも一緒ですが、競馬は馬の脚足や性質、他のライバル達との駆け引き、ジョッキーの勝負勘などを予想し、フォーメーションを思い描き、何度何度もも頭の中でシミュレーションして、2分前後のドラマに賭けるいう点ではロマンがあります。
数々の難関を潜り抜けてのビクトリー、気持ちいいものですね。
(7日のNHKマイルカップG1も単勝アエロリットを1点張りでゲット。ビクトリー!!しちゃいました。)

 

あっ、そうそう4日は念願のホンダCPXで初めてのツーリングに出かけました。三重と滋賀の県境の高原にはまだ山桜が満開でしたよ。
新緑はあくまでもみずみずしく、空の青にも映えてまさにグリーンの風ライダーに変身するひとときです。
あまりに美しい自然の息吹に目がとられ、細い地道の路肩にタイヤが取られそうになる危ない個所がたくさんありました。

ゴールデンウイーク、それぞれの過ごし方に幸あれ!
とにもかくにも無事故無病息災で過ごせたことに感謝。
明日からの仕事モードにスイッチオンするためにも今夜は早めに寝ることにします。

2017.04.24

待ちに待ったゴールデンウイークがやってきました。皆さんはどのようなお過ごしですか。
連休だ!よっしゃ!
わっしょい!楽しみだあ~!
なんてあまり意識されず、
あ~、そうなんや。また連休か~、別に何の予定もありゃしませんがね。
日頃、できなかった家の後片付けやら庭の草取りでもしよか。
という方のほうが多いんじゃないでしょうか。

過ごし方は、世代によってかなり違うように思いますね。普段は会社やらお勤めの用事で忙しいサラリーマンにとっては、旅費も宿泊代も高額なこの時期、国内海外旅行にと空港ポートは超混雑です。
旅行会社のデータによればランキングは1位は台北、次いでソウル、ホノルルだそうです。ヨーロッパは最近、ちょっと物騒な感じで遠慮されているんですかね。

まっ、気候も良い頃で、私に関してはいつの年齢になってもウキウキはしてきます。
故郷に戻り懐かしい高校時代の友人と年1回の定例会があります。今年は本邦初公開のカラオケデビューをはたす地元の医師の声を聞くのが楽しみです。毎回、1曲ぐらい歌えや!と促すのですが頑として固辞、挙句の果てにあまり催促すると怒ってふて寝してしまう人です(笑)。

昔ながらの友人とはいいものですね。同じ学び舎でそれぞれに夢を語りあっていた連中です。今日までいろんな挫折やら意気も消沈したこともあったであろうに、またこのように元気な姿で旧交が復活する、、、。
たわいもない話の中にもお互い「よくぞ、ここまで生きてきた、偉い!」と心の中で拍手を送っている感じです。
会えばまたお互い、やつらの現存する力を吸収し、元気になれる。
う~ん。「これからこそが真価を問われる年齢なんだな。」とスタートが切れそうな気持になりますね。

後半はこれまた普段、不義理にしていた旧いの知人から誘われ、法隆寺から西大和コースをハイキングを予定しています。
その後の日程も98歳の義母を連れてカラオケ。最後尾は小6の孫娘の接待などなど、、あ~あ、かなりのインプットされた予定です。

年々、行動範囲も、志もレベルが矮小になっているように感じてます。でも人生ときどきの楽しみなんて、時事刻々と変わるもんですから。

つい先ほども元気はつらつ先輩方、パワー満開のご婦人方と会って話してきました。
「やれ体が動かん、外に出るのが億劫になった、もう歳やから、とネガティブな発想の人とはわたしら話があわんわねえ。」
と弾き飛ばされそうです。
愉しみ方も人それぞれ、これからの年齢こそ個人差が表れるものと確信を抱きながら別れてきました。

2017.04.19

村上龍の小説に「ラブ&ポップ」というものがあるそうです。
そのくだりが朝日新聞の朝刊「折々のことば」に掲載されていました。
人間関係の難しさ、複雑さ。いや面白さ、楽しさ、驚き、悲哀、、、
なんかこんな言葉に象徴されてそうな気がして、書留めました。

理解し合えるはずだという前提に立つと、少しでも理解できないことがあった時に、事態はうまくいかなくなる。
対話は他人と同じ考え、同じ気持ちになるためになされる考えると、いずれかが理解を断念したとき、対話は閉じられる。
理解できなくなってあたり前、むしろ語りあえば語り合うほど相手と自分との違いがより微細に見えてくる、それを対話だと考えれば、理解しえずとも共にいられる場所は少し広がる、、、。

ほんと頷けますね
あの人と分かりあっていたと思ってた自分があほやったわ~、もうこんりんざいあんな人とは会わないぞ!、、と心を閉ざしてしまう。
心を閉ざすまでなくても、きっちりと自分の中でお付き合いの断捨離をしてしまうことも多いですね。
多様な考え方やものの見方、感じ方は人それぞれ、それらを丸ごと分かったうえで自分の立居振舞いを生かすことって言うは易しです。こと間柄が近く親しくなるにつれ同調を求めたがり賛同を得たいものなんです。

居酒屋で上司の愚痴や会社の批判に華が咲くとき自分ひとり冷静に「そうおっしゃるけど、それちょっと違うんじゃないの?」なんて言うものならその場のシラケは尋常じゃあないですよね。

仕事柄、大見得をきってよく言うことがあります。
上司と部下との評価面談。
「初めから一致してなくてもいいんです!」
「何ができたと考えているのか、そうじゃないのか、それらを突き合わせお互いのズレや違う見
方を学ぶことなんです。」
「お互いがこれら持ち場持ち場の状況を知り合うことが大事なんです!」
「対話によって、考え方を膨らませ自身の業務レベルを向上させます」、、
なんてね。

わかっちゃいるけど、人を責めるのは止めれない。
話せばわかる。
分かるほどに優しくなれる。そいう好々爺の境地にはまだまだ遠いことを思い知らされます。

2017.04.09

先日、あるメルマガを読んでいて、そこに紹介のあった面白い図書を手に入れました。
「実践!世界一ふざけた夢の叶え方(フォレスト出版)なるものでした。
この本、読めば読むほどいちいち頷けられる非常に納得感満載の若者3人のサクセスストーリーです。
皆さんはあの斉藤1人さんをご存知ですね。3人が共通しているのは斉藤1人さんの心棒者です。自分を信じ、自分の潜在可能性を最大限に挑戦しくじけない。人の幸せは自分の幸せ、失敗しても運を手ばなさない、ツイてる、ツイてると自分の夢を達成させる、そういう成功を信じる考え方、生活習慣にぞっこん惚れ込み、心棒しているという。

この3人が実行した「セカフザ伝説」。世界一ふざけた夢を宣言してしまおう!との呼びかけのもと毎月、地下室での「テイレイカイ」称して互いの近境をシェアする会合をスタートしたのだそうです。ただしシェアするやり方が変わっていて、みんなでお前ならできる!という励まし合いを基本としています。そうするとわずか1年で全員の夢が叶ってしまったそうです。
祝福を予め予定し、前祝いで先にしてしまうことも彼らなりの工夫です。夢は面白くなければ叶わないとも3人の共通事項です。

「セカフザ伝説」というぐらいだからもうちょっと悪乗りしたふざけた内容かなと思ってたわが身が恥ずかしいぐらい、すごい迫力なんですよ、ひとつひとつの自問自答が。

面白い夢とはなにか。彼らは実に真面目な問いかけを自身にしています。
何のために働くのか?
何のために生きるのか?なぜその仕事をするのか?
魂が喜ぶ仕事がしたい、
あなたは理想のライフスタイルを既に体現してますか、
あなたの魂が喜ぶ価値観、生き方、生き様のモデルはなんですか?
こういう自分自身の価値観を無視しては本当の夢は叶えられません。

どうですか。
すごいですね。
既に人生の終盤にかかっている世の高齢老人にとっては、こんな大上段に言われると引きますわ。
すごいわ~、と感心していると彼ら曰く、すごいんじゃなく、ものすご~いんですと(笑)。

この本を読むと今更ながらなんやかんや言うてるだけで、結局は何にもしてないだけやないか、と思ってしまいました。
今朝、新聞を読んで、「ジェロントロジ―」という難しい言葉の学問があることを知りました。そのなかで元総理の小泉純一郎さんが江戸時代の儒学者佐藤一斎が残した「若くして学べば、即ち壮にして為す有り。壮にして学べば、即ち於いて衰えず。老いて学べば、即ち死して朽ちず」とう言葉を紹介しています。
自分はどうありたいのか」を真剣に自問自答する。自分の魂の声に耳を傾けてみる。
いてもたってもいられない、という心境が脱原発の行動を突き動かし福島での健康被害活動に奔走されていると思う。
人生、やるか、するか!黙っているわけはいかないと。
いてもたってもいられない!
ああ~何とも懐かしい響きです。あれこれ2分の1世紀近いいにしえの時代、小生もいても立っても居られない気持ちがありました。訪日中の米国ラスク国務長官に対し「ベトナム戦争反対!」と石を投げに行ったものです。
情熱が雲散霧消したんですね。最近、とんとこんな心境が湧いてきませんわ。

2017.03.26

年齢ととともに時間の経つのが早いことは承知してましたが、このところの目まぐるしさは自分でもあきれてしまいます。どおってこともしていないのですが暦の過ぎ去るスピードは尋常ではないのです。
とくに先々の予定を手帳に入れてしまうとそれが楽しみなことであれ億劫なことであれ、あっという間にその日に到達してしまうものです。

世の無常の風と命のはかなさを表した道元禅師の言葉につぎのようなものがあります。
「命は光陰に移されてしばらくも留め難し、紅顔いずこへか去りにし、尋ねんとするに跡方なし」
光陰の光は太陽の陽(日)、陰は月。月日の過ぎ去るのは光陰矢のごとしです。紅顔の美少年も今となっては跡かたもなく老いてしまうと。。
毎日、接している女房の顔も知らず知らずに骨皮すりえもんとなって若い頃のぴちぴちしたミニスカ女性の跡かたもない。
トホホのホでお互い翁と嫗(おうな)のような、形姿に変わりはてています。

最近、変なことをよく連想しています。人間、死ねば土にかえると言いますが、雨露しのげず道端で命を落とすとこれからの季節、1週間もすれば白骨化してしまうことを、、。

そんなかんな無情の嵐に苛まれているこの頃、人との付き合い方にも考えることが多いです。
それは会っていてつまらない人、疲れる人のなんと多いことか、ということです。人づきあいが苦手の方ではありませんが、10分も居合わせたらほんと、心身疲れるというか時間の虚しさに耐えきれないようなストレスを感じます。余裕がなくなっているんですね。
お互い無理しているんでしょうね。そのせいで自分の正直な気持ちや思いが出せない。相手との時間に意味が持てない、もったいない、犠牲にされた、、など極めてネガティブでマイナス思考になる、そしてこういう自分に嫌悪する、まさに悪循環です。でも考えたらみんな身から出たさびだと思いませんか。自分で何とでもできると。

ノ―と言える勇気とか、いい人になるのはやめなさいとか、嫌われるのがなぜ悪いとか、自分自身を見失わないためのいろいろな表現が大はやりなことも頷けます。
どこかで好感をもってもらいたい、いい人だと思われたいなどとついつい自分の等身大以上にいいかっこうしたい、と思ってしまうものなんですよ。

残る人生がさほど潤択にないことが分かる歳になってくると
やっぱり一緒にいて楽しい人、会ってて元気になれる人がいいいですね。
やりたいことは人それぞれでしょうが、僕にとっては、なにかにひたむきに努力している人にエネルギーの波長が合うというのか魅力を感じてしまうのです。趣味でも地域貢献でもスポーツでも。でも仕事以外にですよ。あまり仕事一辺倒人間は好みではありません。どこかに「当たり前のことやん」、といった自身の投影があるのでしょうね。

話題が豊富で、好奇心旺盛、フットワークが軽く歳を感じさせない、どこかに初々しさがあり、見た目、受ける印象はなるほど”生活使用感万歳”の超熟年であってもその御人、根本に人への思いやり、優しさ、誠実さが垣間見られる人との遭遇はとても楽しみなことです。そしてまた当方も無理のない等身大の自分流が貫ければいいなあ、と思っています。

2017.03.22

春分の日につながった3月の連休、皆さんはいかがお過ごしでしたか。パかポカの日和に恵まれたお彼岸でご先祖様の墓参りに行かれた方もいらしたのではないでしょうか。僕は連休初日、久しぶり妻と義姉の3人で義母の住まい近くにある自然歩道を歩いてきました。自称「野鳥博士」の義姉は、山の沼の川鵜や雑木林に鳴く小鳥を見て、マガモとかヒヨドリ、アオサギなどの名前を連呼、さすがの博識ぶりに感心。
2時間ほど歩いたあと、義母を呼んで4人、スイーツでお茶をして帰りました。食欲も旺盛な義母さんの元気さに先祖の墓参以上にパワーをいただき、なんともいい気持ちになりました。

この時期、太陽が真東から上がって、真西に沈み昼と夜の長さが同じになる春分の日と秋分の日を挟んだ前後3日の計7日間を「彼岸」と呼び、この期間に仏様の供養をする事で極楽浄土へ行くことが出来ると考えられているのですね。

冬至からこの春分の日までの季節は、黄泉の国から徐々に光がさし次第に命が躍動してくるように思えます。夕方、16時には辺り一面、暗くなって17時には真っ暗な厳冬の夜になります。かろうじてクリスマスツリーの明かりにほっとしますが、僕にとっては黄泉の時期で、何とも気分が塞がる時期です。これは幼少・少年時代に山陰の陽の薄い冬場を過ごしたトラウマのせいで、お正月を過ぎ、1日が少しずつ長くなっていくのにとてつもなく幸せを感じるのです。
2月ともなると世の中がキラキラと輝いて見えます。良く晴れた豪雪の但馬の雑木林を、長靴できゅきゅっと踏みしめる音が懐かしい。そして3月、一気に春めく瞬間です。春爛漫の桜の季節はもうすぐそこです。

生命の泉が躍動しわが世の春を満喫します。
めぐりめく百花繚乱、すべてが眩しい、い~い季節です。
少年も青年も老年も外に出よう。
遥か昔のフレーズ。わが躍動の季節。
「何でも見てやろう」、
「見る前に飛べ」、
「外へ出よう」
等のベストセラー。

小田実、開高建、大江健三郎、寺山修二、鶴見俊介らベ平連作家。
心奪われた懐かしい脳裏の残像。ワクワクした外気への誘い。
そんな今年の春分の日連休でした。

2017.03.13

春のやよいの あけぼのに
四方(よも)の山べを 見わたせば
花盛りかも しら雲の
かからぬ峰こそ なかりけれ

有名な雅楽「越天楽」の麗しい調べの歌詞ですね。
そういう春本番の季節はもうすぐそこに近づいてきました。
日差しも一段と強く、陽も長くなっています。

僕は今、云歳目の誕生日を迎え、この陽気にうきうきとしていることがあります。
30代のときオフロードやアメリカンスタイルのオートバイで、よく奈良や和歌山の県境いの大峰山系や奥熊野地方にツーリングに出かけていました。そういう青春プレイバックを彷彿させてくれるちょっとした出来事が先日、あったんです。次男坊が私に大型スクーターを誕生日記念にプレゼントしてくれたんです。ホンダPCXという原付2種の優れモノです。
125CCなので、高速道路は走れませんがちょい乗りツーリングにはもってこいの万能バイクです。前々から欲しいなあと思っていたものです。通勤用にはスズキアドレス100を愛用していますが、いつも駐輪場に停めてある人様のホンダPCXを管理人の目を盗み、サドルにまたがらせてもらい、羨ましがっていたものです。
なんかいっぺんに何十年前のロマンに戻れそうで、このところ行き先をいろいろ考えてうきうきしているのです。

「喧騒の街並みを逃れ、緑の風をきって走破し山紫水明の秘境を辿る」。そんな単独行へ思いです。
納車日の昨日は早速、近くの古刹2寺まで走ってきました。みるみる30代の感覚が蘇ってきました。ヘルメット沿いにひゅーひゅーと鳴る風切り音が心地いいんです。全身に3月の光の精気を吸収しましたよ。
 長らくこんな清々しい肌合い感覚は忘れていました。30代の頃に嗅いだ道路や森、渓谷の匂いを久しぶりに感じながら、人生あっと言う間に通り過ぎてしまうもんだな~と思いをいたしたのが正直な気持ちです。

もう一度あの日のように、風を感じたい。トンネルを出るとどんな風景に会うのだろう。曲がりくねった前方からどんな車やトラックと出合うのだろう。そんな想像力みたいな第6感を働かせながらの気ままツーリングは呆け封じの最も効果的な対策ですよ。
今年の大型連休にはどこのロードを走ろうかな~。
夢はもう一度、心は若きライダーに心踊らしています。

2017.02.18

昨夜のテレビ朝日のニュースステーションを何気なく眺めていますと着こなしが都会的なセンスがあってかっこよい中年のおじさんがゲストにでていました。キャスターとの解説問答も一般庶民の視線というか非常に分かりやすいのです。「えっ、この方、誰かいな?」と画面に釘付けになりました。
その方は、料理研究家土井善晴さんです。
そしてこの番組で、世間でよく言われる「一汁一菜」(ご飯に汁もの、主菜1品)の勧めたのです。多くの種類のおかずを作らなくても「具だくさんの味噌汁」があればそれでいい、というのが土井さんの提言です。

これぞわが意を得たり!
実は僕の自慢の家庭料理は、「具だくさんの味噌汁」だったんです。もう百万力の味方をえた気持でしたね。
休日に妻から「今晩、何がいい?」「何が食べたい?」、、と聞かれるのに少々うんざりしていたものです。ついつい「う~~ん、そうやなあ。鍋もんでも、刺身でも、焼き魚でも、なんでもいいよ。」と聞き流してしまうのが常です。
妻は妻で、買い物に出かけては老人2人に食べきれない程の食材を持ち帰って、「一汁一采ならぬ一汁三采四采」の豪華版を膳に並べたもうてしまう。もちろんせっかく出してくれたものをとっさらう不埒者にはならないので、ちゃんと頂くのですが食べ過ぎを意識してご飯は軽く一膳というのに慣れてしまうのです。

妻が信州におひとり様で滞在することがよくあるのですが、そういう折は僕の「具だくさんの味噌汁」の創作出番です。
冷蔵庫の中に、人参、大根、白ネギ、玉ねぎ、キャベツ、そのた青物があれば大万歳。あと豆腐、練りもの、おあげ、卵で献立のベースの出来上がり。ちょっと贅沢に豚肉やシーチキン缶、ウインナーもあれば1週間は持ちます。栄養面も万点です。
ご飯を炊いて、これら具だくさんのお味噌汁を作るだけ。1人だけの楽しみ、贅沢な至福の時間となります。漬物はべったら漬け、たくあん、他浅漬けでばっちり。

熱々の味噌汁を丼鉢に並々入れて、フ~フ~してよく噛んでいただく。次男がお土産に買ってくれた別府の芋焼酎を湯割りして1人乾杯。テレビチャンネルは独占。ゆっくりと時間の流れる夕飯どき、、。分かりますね。つかの間のこの解放感を。
土井さんも言うてました。「一汁一采」は手抜きだと思うと後ろめたさを感じてしまいますが、そもそも和食の身上は素材を生かすこと。素材の持ち味を引き出すにはシンプルな料理がいちばんですと。

出張や付き合いなど外食が続くとき、やっぱりこてこて油ものや塩辛いものに面食らいながらも胃に詰めるあさましい性分の僕には、野菜中心の様々な味を感じる孤独体験は、貴重なものです。鍋も蓋付きの小さなものだけでいい。味噌は減塩の濃くのきいたちょっとこだわりものがいいかな。それと出汁の素も安物は塩辛いのでよく吟味しましょう。
殿方も料理ぐらいは作れないとね。ぜひ、自前の味噌汁に挑戦してください。

参考までに
書籍「一汁一菜でよいという提案」(グラフィック社) を紹介しておきます。

2017.02.11

江戸後期-明治時代の儒者。詩文を好み、何よりもその篤実な思想,行動から、但馬聖人と呼ばれた草庵先生。
山陰但馬の地、宿南青谿書院で人間の生き方、人格の形成をめざす知識と実行を兼ね備えた人間の育成に心をくだかれ幾多の偉人を輩出された「池田草庵」先生です。今私は同郷という親しみもあって、この陽明学者「池田草庵先生」のことば「肄業餘稿」に触れ読み親しむ輪読会を続けています。
めまぐるしい時代の流れに翻弄されつつ今を生きる私たちの生活に対してまさに大事なヒントが得られるのではないか、と関心をお持ちの方々と隔月に1回、読後感など自由にしゃべりあっているのです。

私が草庵師に最も魅かれるのはその方の教え云々というよりは師の自らを律する態度というか衆の模範となる立居振舞いに大いに心動かされるからです。
人は何を言っているのではなく、どう言っているか。
言っている内容よりも、その人の言い方、動作、態度、表情に本気度を見、影響を受けるという「メラビアンの法則」があります。人は目ほどにものを言う、てあれです。

正にその風貌、生活習慣に本物を感じるのです。
師の生きた同時代の門下仲間の草庵評に次のような一説が残されています。
「草庵の人となりは、まさに康斎の流亜である。いわゆるその学の造詣、行の励苦はわれ先生においてこれを見る。」「これぞ春風中に坐了する」と。
また「草庵ハサッパリシテムツカシイ風モナク、俗気ガ少ナイゾ。山人隠士ノ風ガアッタゾ」との、塾に訪れた人の回想とも呼応しています。

業の深い煩悩の塊りと魑魅魍魎のばっこする娑婆世界に慣れ住んだ自分が、漠然と憧れる境涯に過ぎないのかもしれません。いわゆるできっこない憧れ、ないものねだりの類ですね。
大自然のなかで大きく深呼吸する。恵まれた空気、おいしい水。その山川海に感謝し生活を支えるささやかな働きがあれば元気で長生きできる環境かもしれませんね。
今朝、NHKの番組「関西ええとこ」を見ていますと「ズワ~と吸って、パワア~と吐く」これが長生きの秘訣、と93歳のお爺さんが言われていました。
う~ん、確かに。。
もうひと方、同じ90歳代のお爺さん「でも強欲を出したらあかん。欲は生きる楽しみだが強欲はストレスとなる。人を責め、皆んな自分にストレスとしてはね返ってくるから、、」
と宣れていました。
う~ん、なるほどなるほど、、。欲あっての消費、欲あっての刺激、欲あっての活力、、、。
少々の欲はいいが、強欲はダメか。その見極め。難しい問題ですね。

2017.02.05

早や、立春も過ぎ陽差しもキラキラ輝き、明るくなってきました。
クリスマスの頃の日の短さとは比べ物にならないぐらい日が長くなっています。やっぱり1日が長くなってくるのは、これから一気に物事が動き出す前兆ですね。
私は毎年、この季節の凛とした冷気漂う静寂さが好きです。子供の頃、残雪を踏み森や林の中を歩いて耳を澄ますと、シーンとした一体のどこからかも知れず伝わる息吹というか音のないざわめきのようなものを聞いています。子供心に感じとった直の躍動感です。

2月はまた別名「如月」といい「きさらぎ」と読みますね。
「二月を如となす」ということのようです。「如」とは、従うというような意味です。ここでは、何か1つが動き出すと、それに従い他のものも次々と動き出すという意味で使われています。

透明で冷たい空気は視界も広がりますね。
この週末、新幹線の窓からあまりに綺麗な富士山が飛びこんできましたので思わずパチリ。この日は遠く千葉からも西陽に映える富士の山影が淡い茜色をバックにくっきりと浮かびあがって見えたのには感激しましたfuji

この季節以外にはなかなか見えないようですが、今回はラッキーでした。来月には春霞に消されて見えなくなってしまうのでしょうね。なにせ山ひとつ見えない関東平野の広さにはいつも驚いていましたので。eye

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