岡本眞ブログ

2017.07.08

歳相応に

当たり前のことですが、物事への感じ方、見かた、考え方は縷々変わるということを最近ことさら強く思います。

 

いい歳をしてなんや、あんなガキみたいなことをして。

いつまでも成長せえへんなあ。

苦労すりゃあ分かるんとちゃうか。

 

人は幼少~少年少女~学生~就職~結婚~家庭~高齢~終焉(終活)、、と

それぞれ折々に自らの経験を積み、人間関係に揉まれ、組織や社会からその立ち居振る舞いやらを実体験として学びます。

お父さんお母さん、先生や先輩から教えてもらい、勉学、職場、好みの読書からも多くを学び、気づきを受けます。

 

生まれたての赤ちゃんの時から家族になったわが家の愛犬(ミニダックス)さえも自らの学習のみで、ちゃんと私達の生活に馴染み、癒しの役割を担ってくれています。

ペットに比べ各段に豊かな学びや気付きの手段をもつ私達人間だからこそ、1人1人の営みには個性が生かされるものだと思います。

 

昨今、「多様性の社会」という現実を受け入れる重要性が求められていますね。

社会のマイノリティを認める。マジョリティに圧倒されない選択枝を考え尊重する。

そういう意識を私達は普段の生活のなかで発揮することなんだろうと思っています。

 

私自身も周囲の人から見れば相当変わっていると思っています。

自分を認めろ!なんて若気の至りの横柄さこそ少し薄くなりましたが、自分に卑屈になるつもりもありません。

どうせこの世に何が正しくて何が間違いなんかって基準も曖昧なもんです。

ただ人様に迷惑をかけ、生活を脅かすことさえしなければ、何をしたっていいんじゃないでしょうかね。

 

ただ人への干渉や自分の押し売りはいけませんわ。

仕事がら「こういう状態の場合は、こうしたほうがいいのでは」、との提案や打診はします。

でも決してこれが正しいなんて云い切りだけは避けたいと意識しています。

 

旧友や地域の仲間が議論白熱して口角泡を飛ばす様をみるにつけ、もうどうでもええがな、とつい思ってしまいます。

要は自分に合うか合わないか、好きか嫌いか、でよろしいがなと。

こういう私も20歳代のときは夜中までよく同僚や先輩たちと唾を飛ばし合って話し込んでいたものですがね。

角がとれてまるくなったなんて言われたくないですが、もう「あれか、これか」なんての断定よりは「あれも、これも」という推定するほうがを世の中、ハッピー。

自分自身も和やかに暮らせるような気がします。

まっ、変なこだわりを捨てようということですわ。

これも歳相応の生活の知恵なんでしょうか。