岡本眞ブログ

2017.07.08

当たり前のことですが、物事への感じ方、見かた、考え方は縷々変わるということを最近ことさら強く思います。

 

いい歳をしてなんや、あんなガキみたいなことをして。

いつまでも成長せえへんなあ。

苦労すりゃあ分かるんとちゃうか。

 

人は幼少~少年少女~学生~就職~結婚~家庭~高齢~終焉(終活)、、と

それぞれ折々に自らの経験を積み、人間関係に揉まれ、組織や社会からその立ち居振る舞いやらを実体験として学びます。

お父さんお母さん、先生や先輩から教えてもらい、勉学、職場、好みの読書からも多くを学び、気づきを受けます。

 

生まれたての赤ちゃんの時から家族になったわが家の愛犬(ミニダックス)さえも自らの学習のみで、ちゃんと私達の生活に馴染み、癒しの役割を担ってくれています。

ペットに比べ各段に豊かな学びや気付きの手段をもつ私達人間だからこそ、1人1人の営みには個性が生かされるものだと思います。

 

昨今、「多様性の社会」という現実を受け入れる重要性が求められていますね。

社会のマイノリティを認める。マジョリティに圧倒されない選択枝を考え尊重する。

そういう意識を私達は普段の生活のなかで発揮することなんだろうと思っています。

 

私自身も周囲の人から見れば相当変わっていると思っています。

自分を認めろ!なんて若気の至りの横柄さこそ少し薄くなりましたが、自分に卑屈になるつもりもありません。

どうせこの世に何が正しくて何が間違いなんかって基準も曖昧なもんです。

ただ人様に迷惑をかけ、生活を脅かすことさえしなければ、何をしたっていいんじゃないでしょうかね。

 

ただ人への干渉や自分の押し売りはいけませんわ。

仕事がら「こういう状態の場合は、こうしたほうがいいのでは」、との提案や打診はします。

でも決してこれが正しいなんて云い切りだけは避けたいと意識しています。

 

旧友や地域の仲間が議論白熱して口角泡を飛ばす様をみるにつけ、もうどうでもええがな、とつい思ってしまいます。

要は自分に合うか合わないか、好きか嫌いか、でよろしいがなと。

こういう私も20歳代のときは夜中までよく同僚や先輩たちと唾を飛ばし合って話し込んでいたものですがね。

角がとれてまるくなったなんて言われたくないですが、もう「あれか、これか」なんての断定よりは「あれも、これも」という推定するほうがを世の中、ハッピー。

自分自身も和やかに暮らせるような気がします。

まっ、変なこだわりを捨てようということですわ。

これも歳相応の生活の知恵なんでしょうか。

 

2017.06.25

市川海老蔵さんの妻の小林麻央さん(享年34)が乳がんで亡くなりました。

自らの闘病生活中、ブログを発信続けたことが多くの癌患者に勇気を与えたことに感動を呼びました。

病気の陰に隠れて生きるのはやめにしようとの一大発心から今ここにできることを素直にしたためる日誌のようでした。

子供や家族への思いやり、自分を支えてくれる人たちへの感謝、同じような病にかかっている患者さんたちに生きる勇気と希望を最後の最後まで書き綴っておられたのです。

私達は普段、何の意識もなく当たり前のように過ごしています。

近過ぎて見えないものなあに?

近くにあるとどうってことないのに

遠く離れると大きく見えるものってなあに?

と聞かれることがあります。

毎日がただ淡々と過ぎていることが、実はしあわせの本質なんですね。

それを毎日毎日が平凡で、つまらない。

つまらなくて退屈だと不平不満をいう人には、素直に感謝する心がどこか麻痺しているんですね。

私の友人に会社をリタイアして、家にいることにまだ慣れず落ち着かない心境を

「暇すぎて腹が立ってくるわ、もう何もかもがおもろもない!」と嘆いていました。

なにもない普通の毎日が、実は最高の幸せということに気づかないのです。

そういう私もどちらかと言えば張りつめ緊張した刺激のある方が楽しい輩のほうかもしれませんがね(笑)。

でも謙虚でいれば周りの人からいろいろな有用な情報やら手助けをいただくことが多いです。

少し気づくのが遅すぎました。

毎日毎日、つまらないって溜息ばかりついているとその人は本当に鬱病になってしまうらしいです。

反対に毎日毎日、「ありがとう。ありがとう。」って声を出しているとなんともいえない幸せ感が体の中に充満して、その人にいろんな喜びごとが掻き集まって舞い込んでくるとのことです。

皆さんも謙虚な気持ちでアンテナを張り巡らしてくださいね。

きっと自らのためになる有難い喜びごとを呼び寄せられますよ。

大阪市内の天神橋北詰にある中華料理店の大型看板に、こんなことが載っていました。

喜べば

喜びごとが

喜んで

喜びぞ集めて

喜びに来る

いい言葉です。

笑う角に福来る。

本当にそう思いますね。

要は自分の気持ち次第。

何事も感謝の気持ちで

喜んでいればハッピーになれるということではないでしょうか

2017.06.13

梅雨入りしてからというものずっといい天気が続いていますね。ラッキーです。

昨日、高校の先輩たちとこの秋、あるパーティでファッションショーを行う企画の打合せをしました。

私の故郷を全国へ、いや世界へファッショで発信したいとのかなりスケールの大きい主宰者の構想です。

どこまでできるか分かりませんが、こういうスケール感は私も嫌いな方ではありません。

ランチをしながらなんやかんやといろいろ話し合って、気が付くと正午から午後4時近くも過ぎていたんです。

お店の方も、あのお客たちは安いランチで、いつまでいるのやらと厚かましく思われたかもしれません。

でもお客も込み合っていなく、またフリードリンクでしたのでまあいいかと粘りに粘れたんです。

面白いことに夢中になっていると時間も忘れるぐらい楽しいものですね。

中心になってプロデュ-スする方は、この道でちょっと名の知れたファッションとデザインの専門家です。

どうしたら集まる人達に感動を呼び起こせるか。

こちらの意図するものが伝わるか。

より多くの方に共感共鳴の波紋が生まれるか。

こんなことができれば

こんなシチュエーションが用意できれば、、、

どんな方法でビジュアルにアピールできるか、、、

との思惑や期待はとめどもなく広がります。

このような時間は何時間たっても苦になりません。

仲間内にその企画は、ちょっと場違いじゃないの~、と言われても、この御人、

「だって、あ~たあ!この故郷には新たな光が必要じゃないっ!」

「そんなんだから遅れるんですよ。」

なんて間髪なく「だってあーたあ」調に説き伏せられると、敗北感よりそこまで言うんなら「一兆、やったりましょうか」となるのが不思議ですね。

人間、妙なもので不安や自信のない状況になると、誰かが強引に引導してくれたなら一騎当千、百万倍の勇気やら希望が湧いてきます。

誰かに強制される、自分の意志に反して頼まれる、

これがストレスのもとですよね。

楽しいことを連想し、そのプロデュースに関わることのワクワク感はとても面白く、声も弾みます。

5人の仲間でしたが、はじめから「そんなん、無理やわ~、誰がするん?、なんて言う人もなく、何とか協力してやり遂げよう、との打合せ って、とても勇気が出て、楽しいことと再認識しました。

できない理由は山ほどある。しかし出来る努力を皆でやれば自ずと成す。

後は笑い、涙、楽しみ、感謝感涙あめあられ。

言うが易し、実践難しですね。

いや言うも行いも同時進行ですね。

そのことが新鮮に響いた日でした。

2017.05.21

1月と先月のブログで「思い通りにいかないのが当たり前」とか「理解し得ないのが当たり前」とか、人間関係を左右するコミュニケーションの難しさに触れました。
民主主義の原則も、とことん話し合って情報を共有し、自分と異なる意見や気持ちを理解することで問題を解決していく仕組みの維持であるはずです。

ですが昨今の風潮は少し変だと思いません?
断定的ないい方が横行し自分の考えに近い情報ばかりに触れ、異なる意見には耳も貸さない。そういうコミュニケーションの分断が、家庭にも学校にも地域でも、果ては国に、世界に(とりわけ政治の世界に)と広がって、それがいろいろな格差や偏見を助長させているに思えてなりません。

そもそもコミュニケーションのねらいはなんでしょうか。
ずばり人を動かすことですね。
それには分かりやすく話し、人の話をよく聞く、聞き上手になることだと思うんですね。
コミュニケーションの研修で私は次のスライドをよく説明します。

自分がやってもらいたいと思うことを
やってもらいたいときに
やってもらいたい方法で
しかも本人がいやいやでなく、
喜んでやってもらう・・・・

とのフレーズです。
そしてその基本には傾聴と説得という2つの姿勢が必要であることを理解していただきます。
例えばアンダーラインの個所でいうなら
やってもらう内容ですね。少なくとも
①  目標の明示②いつまでに③どのようなところまで④誰の協力を得て
の説明がなされないといけないでしょう。

ときにというタイミングも大事です。
①  仕事の優先順位を考え②相手の受け入れ状況をみて③腹積もりを事前に言いながら

方法は
やってもらう内容の①知っている程度を確かめ②主なステップを1つずつ言って聞かせ、やって見せ、かいて見せ、やらせてみて③分かったとわかるまで確かめて
のポイントがあります。

喜んでやってもらうには
①なぜ頼むかわけを言って、その内容をやりたい気持ちにさせる②やってもらっていることに感謝、協力の手を差し延べ③やってもらって後に激励賛辞の意を伝えて⑤共に喜び、労苦に応える
ということになるでしょう。

皆さんは、いったいどの程度、これらを意識され話し合いに臨まれていますか。
大抵の人はそんなん言わずに知れたことやん、「以心伝心」ですわ、前にも言ったことやから、、、と安易に流していませんか。

私も全然、できていません。だからこそ
話し手の立場からは、他人と自分は「違うこと」を前提に
聞く立場からは「本当に自分は分かっているか」を考える習慣を
持たなければならないと思っています。
この姿勢は歳と共に強くしなければとも、、。

2017.05.07

今年の大型連休が終わりました。皆さんはいかがお過ごしでしたか。気候よし、天気もまずまず、各地大勢の人がごったかえしていましたね。
予定は未定と言いますが、僕はほぼ予定通りの期間を過ごしました。
信楽に倉庫を持っていますが、年に2~3回しか行けなく雑草がぼうぼう状態で、近所から苦情が出るのではないか、と気になっていました。
草を刈り、地面に除草用の黒シ―トを張って完全にシャットアウトしましたよ。また倉庫のトタン屋根にホワイトのペンキを塗り、これで2年間は雨漏りの心配はいらないです。
この作業、締めて2日間、職人さんに頼めば3万円はかかります。節約しました(笑)。

 

これで気を良くして6日土曜日は久しぶりに京都の淀に行き、次男と一緒に競馬を楽しみました。
結果は5レースから12レースまでアウト1万円、イン1万円と半日のゲームをの楽しむには安すぎる余暇時間となり面白かったです。
鮮やかなグリーンの芝をけなげに走るサブレッドの表情が真剣で凛々しく、馬券を外しても少しはこの馬達の足しになると思うと惜しくもなくなりますね。
ちなみに次男は勝負勘があるというのか、正味6万円のゲットでした。
親子というのに貼り方が僕と1ケタ違います。なんかケチくさくて情けなくなりましたわ。

 

当日の最終レースにびっくりしたました。何と3連単で560万の配当が出たんです。この数字のすごさ、分かりますか?
100円の馬券が560万円に返金されるビッグな「当たり馬券」のことですよ。
500円で買ってたら2,800万円、1,000円なら5,600万円、1万円なら5億6,000万円、、、悔しい!!
2着、3着に超人気薄の馬が着けば、こんなこともあるのです。
まっ、結果論で一喜一憂するのが博打にはまる悪いパターンですがね(笑)。
夢を買うには宝くじも一緒ですが、競馬は馬の脚足や性質、他のライバル達との駆け引き、ジョッキーの勝負勘などを予想し、フォーメーションを思い描き、何度何度もも頭の中でシミュレーションして、2分前後のドラマに賭けるいう点ではロマンがあります。
数々の難関を潜り抜けてのビクトリー、気持ちいいものですね。
(7日のNHKマイルカップG1も単勝アエロリットを1点張りでゲット。ビクトリー!!しちゃいました。)

 

あっ、そうそう4日は念願のホンダCPXで初めてのツーリングに出かけました。三重と滋賀の県境の高原にはまだ山桜が満開でしたよ。
新緑はあくまでもみずみずしく、空の青にも映えてまさにグリーンの風ライダーに変身するひとときです。
あまりに美しい自然の息吹に目がとられ、細い地道の路肩にタイヤが取られそうになる危ない個所がたくさんありました。

ゴールデンウイーク、それぞれの過ごし方に幸あれ!
とにもかくにも無事故無病息災で過ごせたことに感謝。
明日からの仕事モードにスイッチオンするためにも今夜は早めに寝ることにします。

2017.04.24

待ちに待ったゴールデンウイークがやってきました。皆さんはどのようなお過ごしですか。
連休だ!よっしゃ!
わっしょい!楽しみだあ~!
なんてあまり意識されず、
あ~、そうなんや。また連休か~、別に何の予定もありゃしませんがね。
日頃、できなかった家の後片付けやら庭の草取りでもしよか。
という方のほうが多いんじゃないでしょうか。

過ごし方は、世代によってかなり違うように思いますね。普段は会社やらお勤めの用事で忙しいサラリーマンにとっては、旅費も宿泊代も高額なこの時期、国内海外旅行にと空港ポートは超混雑です。
旅行会社のデータによればランキングは1位は台北、次いでソウル、ホノルルだそうです。ヨーロッパは最近、ちょっと物騒な感じで遠慮されているんですかね。

まっ、気候も良い頃で、私に関してはいつの年齢になってもウキウキはしてきます。
故郷に戻り懐かしい高校時代の友人と年1回の定例会があります。今年は本邦初公開のカラオケデビューをはたす地元の医師の声を聞くのが楽しみです。毎回、1曲ぐらい歌えや!と促すのですが頑として固辞、挙句の果てにあまり催促すると怒ってふて寝してしまう人です(笑)。

昔ながらの友人とはいいものですね。同じ学び舎でそれぞれに夢を語りあっていた連中です。今日までいろんな挫折やら意気も消沈したこともあったであろうに、またこのように元気な姿で旧交が復活する、、、。
たわいもない話の中にもお互い「よくぞ、ここまで生きてきた、偉い!」と心の中で拍手を送っている感じです。
会えばまたお互い、やつらの現存する力を吸収し、元気になれる。
う~ん。「これからこそが真価を問われる年齢なんだな。」とスタートが切れそうな気持になりますね。

後半はこれまた普段、不義理にしていた旧いの知人から誘われ、法隆寺から西大和コースをハイキングを予定しています。
その後の日程も98歳の義母を連れてカラオケ。最後尾は小6の孫娘の接待などなど、、あ~あ、かなりのインプットされた予定です。

年々、行動範囲も、志もレベルが矮小になっているように感じてます。でも人生ときどきの楽しみなんて、時事刻々と変わるもんですから。

つい先ほども元気はつらつ先輩方、パワー満開のご婦人方と会って話してきました。
「やれ体が動かん、外に出るのが億劫になった、もう歳やから、とネガティブな発想の人とはわたしら話があわんわねえ。」
と弾き飛ばされそうです。
愉しみ方も人それぞれ、これからの年齢こそ個人差が表れるものと確信を抱きながら別れてきました。

2017.04.19

村上龍の小説に「ラブ&ポップ」というものがあるそうです。
そのくだりが朝日新聞の朝刊「折々のことば」に掲載されていました。
人間関係の難しさ、複雑さ。いや面白さ、楽しさ、驚き、悲哀、、、
なんかこんな言葉に象徴されてそうな気がして、書留めました。

理解し合えるはずだという前提に立つと、少しでも理解できないことがあった時に、事態はうまくいかなくなる。
対話は他人と同じ考え、同じ気持ちになるためになされる考えると、いずれかが理解を断念したとき、対話は閉じられる。
理解できなくなってあたり前、むしろ語りあえば語り合うほど相手と自分との違いがより微細に見えてくる、それを対話だと考えれば、理解しえずとも共にいられる場所は少し広がる、、、。

ほんと頷けますね
あの人と分かりあっていたと思ってた自分があほやったわ~、もうこんりんざいあんな人とは会わないぞ!、、と心を閉ざしてしまう。
心を閉ざすまでなくても、きっちりと自分の中でお付き合いの断捨離をしてしまうことも多いですね。
多様な考え方やものの見方、感じ方は人それぞれ、それらを丸ごと分かったうえで自分の立居振舞いを生かすことって言うは易しです。こと間柄が近く親しくなるにつれ同調を求めたがり賛同を得たいものなんです。

居酒屋で上司の愚痴や会社の批判に華が咲くとき自分ひとり冷静に「そうおっしゃるけど、それちょっと違うんじゃないの?」なんて言うものならその場のシラケは尋常じゃあないですよね。

仕事柄、大見得をきってよく言うことがあります。
上司と部下との評価面談。
「初めから一致してなくてもいいんです!」
「何ができたと考えているのか、そうじゃないのか、それらを突き合わせお互いのズレや違う見
方を学ぶことなんです。」
「お互いがこれら持ち場持ち場の状況を知り合うことが大事なんです!」
「対話によって、考え方を膨らませ自身の業務レベルを向上させます」、、
なんてね。

わかっちゃいるけど、人を責めるのは止めれない。
話せばわかる。
分かるほどに優しくなれる。そいう好々爺の境地にはまだまだ遠いことを思い知らされます。

2017.04.09

先日、あるメルマガを読んでいて、そこに紹介のあった面白い図書を手に入れました。
「実践!世界一ふざけた夢の叶え方(フォレスト出版)なるものでした。
この本、読めば読むほどいちいち頷けられる非常に納得感満載の若者3人のサクセスストーリーです。
皆さんはあの斉藤1人さんをご存知ですね。3人が共通しているのは斉藤1人さんの心棒者です。自分を信じ、自分の潜在可能性を最大限に挑戦しくじけない。人の幸せは自分の幸せ、失敗しても運を手ばなさない、ツイてる、ツイてると自分の夢を達成させる、そういう成功を信じる考え方、生活習慣にぞっこん惚れ込み、心棒しているという。

この3人が実行した「セカフザ伝説」。世界一ふざけた夢を宣言してしまおう!との呼びかけのもと毎月、地下室での「テイレイカイ」称して互いの近境をシェアする会合をスタートしたのだそうです。ただしシェアするやり方が変わっていて、みんなでお前ならできる!という励まし合いを基本としています。そうするとわずか1年で全員の夢が叶ってしまったそうです。
祝福を予め予定し、前祝いで先にしてしまうことも彼らなりの工夫です。夢は面白くなければ叶わないとも3人の共通事項です。

「セカフザ伝説」というぐらいだからもうちょっと悪乗りしたふざけた内容かなと思ってたわが身が恥ずかしいぐらい、すごい迫力なんですよ、ひとつひとつの自問自答が。

面白い夢とはなにか。彼らは実に真面目な問いかけを自身にしています。
何のために働くのか?
何のために生きるのか?なぜその仕事をするのか?
魂が喜ぶ仕事がしたい、
あなたは理想のライフスタイルを既に体現してますか、
あなたの魂が喜ぶ価値観、生き方、生き様のモデルはなんですか?
こういう自分自身の価値観を無視しては本当の夢は叶えられません。

どうですか。
すごいですね。
既に人生の終盤にかかっている世の高齢老人にとっては、こんな大上段に言われると引きますわ。
すごいわ~、と感心していると彼ら曰く、すごいんじゃなく、ものすご~いんですと(笑)。

この本を読むと今更ながらなんやかんや言うてるだけで、結局は何にもしてないだけやないか、と思ってしまいました。
今朝、新聞を読んで、「ジェロントロジ―」という難しい言葉の学問があることを知りました。そのなかで元総理の小泉純一郎さんが江戸時代の儒学者佐藤一斎が残した「若くして学べば、即ち壮にして為す有り。壮にして学べば、即ち於いて衰えず。老いて学べば、即ち死して朽ちず」とう言葉を紹介しています。
自分はどうありたいのか」を真剣に自問自答する。自分の魂の声に耳を傾けてみる。
いてもたってもいられない、という心境が脱原発の行動を突き動かし福島での健康被害活動に奔走されていると思う。
人生、やるか、するか!黙っているわけはいかないと。
いてもたってもいられない!
ああ~何とも懐かしい響きです。あれこれ2分の1世紀近いいにしえの時代、小生もいても立っても居られない気持ちがありました。訪日中の米国ラスク国務長官に対し「ベトナム戦争反対!」と石を投げに行ったものです。
情熱が雲散霧消したんですね。最近、とんとこんな心境が湧いてきませんわ。

2017.03.26

年齢ととともに時間の経つのが早いことは承知してましたが、このところの目まぐるしさは自分でもあきれてしまいます。どおってこともしていないのですが暦の過ぎ去るスピードは尋常ではないのです。
とくに先々の予定を手帳に入れてしまうとそれが楽しみなことであれ億劫なことであれ、あっという間にその日に到達してしまうものです。

世の無常の風と命のはかなさを表した道元禅師の言葉につぎのようなものがあります。
「命は光陰に移されてしばらくも留め難し、紅顔いずこへか去りにし、尋ねんとするに跡方なし」
光陰の光は太陽の陽(日)、陰は月。月日の過ぎ去るのは光陰矢のごとしです。紅顔の美少年も今となっては跡かたもなく老いてしまうと。。
毎日、接している女房の顔も知らず知らずに骨皮すりえもんとなって若い頃のぴちぴちしたミニスカ女性の跡かたもない。
トホホのホでお互い翁と嫗(おうな)のような、形姿に変わりはてています。

最近、変なことをよく連想しています。人間、死ねば土にかえると言いますが、雨露しのげず道端で命を落とすとこれからの季節、1週間もすれば白骨化してしまうことを、、。

そんなかんな無情の嵐に苛まれているこの頃、人との付き合い方にも考えることが多いです。
それは会っていてつまらない人、疲れる人のなんと多いことか、ということです。人づきあいが苦手の方ではありませんが、10分も居合わせたらほんと、心身疲れるというか時間の虚しさに耐えきれないようなストレスを感じます。余裕がなくなっているんですね。
お互い無理しているんでしょうね。そのせいで自分の正直な気持ちや思いが出せない。相手との時間に意味が持てない、もったいない、犠牲にされた、、など極めてネガティブでマイナス思考になる、そしてこういう自分に嫌悪する、まさに悪循環です。でも考えたらみんな身から出たさびだと思いませんか。自分で何とでもできると。

ノ―と言える勇気とか、いい人になるのはやめなさいとか、嫌われるのがなぜ悪いとか、自分自身を見失わないためのいろいろな表現が大はやりなことも頷けます。
どこかで好感をもってもらいたい、いい人だと思われたいなどとついつい自分の等身大以上にいいかっこうしたい、と思ってしまうものなんですよ。

残る人生がさほど潤択にないことが分かる歳になってくると
やっぱり一緒にいて楽しい人、会ってて元気になれる人がいいいですね。
やりたいことは人それぞれでしょうが、僕にとっては、なにかにひたむきに努力している人にエネルギーの波長が合うというのか魅力を感じてしまうのです。趣味でも地域貢献でもスポーツでも。でも仕事以外にですよ。あまり仕事一辺倒人間は好みではありません。どこかに「当たり前のことやん」、といった自身の投影があるのでしょうね。

話題が豊富で、好奇心旺盛、フットワークが軽く歳を感じさせない、どこかに初々しさがあり、見た目、受ける印象はなるほど”生活使用感万歳”の超熟年であってもその御人、根本に人への思いやり、優しさ、誠実さが垣間見られる人との遭遇はとても楽しみなことです。そしてまた当方も無理のない等身大の自分流が貫ければいいなあ、と思っています。

2017.03.22

春分の日につながった3月の連休、皆さんはいかがお過ごしでしたか。パかポカの日和に恵まれたお彼岸でご先祖様の墓参りに行かれた方もいらしたのではないでしょうか。僕は連休初日、久しぶり妻と義姉の3人で義母の住まい近くにある自然歩道を歩いてきました。自称「野鳥博士」の義姉は、山の沼の川鵜や雑木林に鳴く小鳥を見て、マガモとかヒヨドリ、アオサギなどの名前を連呼、さすがの博識ぶりに感心。
2時間ほど歩いたあと、義母を呼んで4人、スイーツでお茶をして帰りました。食欲も旺盛な義母さんの元気さに先祖の墓参以上にパワーをいただき、なんともいい気持ちになりました。

この時期、太陽が真東から上がって、真西に沈み昼と夜の長さが同じになる春分の日と秋分の日を挟んだ前後3日の計7日間を「彼岸」と呼び、この期間に仏様の供養をする事で極楽浄土へ行くことが出来ると考えられているのですね。

冬至からこの春分の日までの季節は、黄泉の国から徐々に光がさし次第に命が躍動してくるように思えます。夕方、16時には辺り一面、暗くなって17時には真っ暗な厳冬の夜になります。かろうじてクリスマスツリーの明かりにほっとしますが、僕にとっては黄泉の時期で、何とも気分が塞がる時期です。これは幼少・少年時代に山陰の陽の薄い冬場を過ごしたトラウマのせいで、お正月を過ぎ、1日が少しずつ長くなっていくのにとてつもなく幸せを感じるのです。
2月ともなると世の中がキラキラと輝いて見えます。良く晴れた豪雪の但馬の雑木林を、長靴できゅきゅっと踏みしめる音が懐かしい。そして3月、一気に春めく瞬間です。春爛漫の桜の季節はもうすぐそこです。

生命の泉が躍動しわが世の春を満喫します。
めぐりめく百花繚乱、すべてが眩しい、い~い季節です。
少年も青年も老年も外に出よう。
遥か昔のフレーズ。わが躍動の季節。
「何でも見てやろう」、
「見る前に飛べ」、
「外へ出よう」
等のベストセラー。

小田実、開高建、大江健三郎、寺山修二、鶴見俊介らベ平連作家。
心奪われた懐かしい脳裏の残像。ワクワクした外気への誘い。
そんな今年の春分の日連休でした。

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