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2018.01.08

皆様  新年明けましておめでとうございます。

本年も何とぞよろしくお願いいたします。

今年の元日は、京阪神全般穏やかなよい天気に恵まれましたね。早速、近くの鎮守の杜の神社に初詣に出かけました。昨年は確か小吉でしたが、ばっちり“大吉”でした。もっとも最近のおみくじなるもの当たり外れのない無難なものがほとんどと聞いています。それにしても新年早々、凶でも引いたらやはりショックですよね。

ところでおみくじの順番やパターンはいったいどうなっているかご存知でしょうか。

大吉・中吉・小吉・吉・半吉・末吉・末凶・小凶・半凶・大凶もの順番があるそうです。そしてその確率たるや大吉(18%)、中吉(9%)、小吉(12%)、吉(24%)、末吉(24%)、そして凶まとめて13%だということです。ただしこの数値はある地域での調査によるもので正式な調査団体によるものではありません。地域の神社によってこの数値ががらり変わることもあり、例えば東京の浅草寺等は凶が3割ぐらい含まれているそうです。災い転じて福となす(凶転じて吉となる)ことを売りにしていて、吉ゲットのラッキー感を演出させているようにみえますね。

おみくじは神様からのお告げです。だからたとえ凶を引いても自身の心がけとして1年緊張感をもって注意すりゃいいんですからね。狭い谷あいの道路なんかに「落石注意」って、表札がありますね。ああいう感覚でその辺りを通るときには風雨の強い時には避けるなり用心することと同じです。

 

まっ、そんなかんだでも“大吉”は良かったです。縁談やお産、転居はもう縁はないですがあとはやっぱ嬉しいことばかりです。やった~!という感じです。

この正月休みに読もうと年末に買った本があります。

「応仁の乱(中公新書)」、「100歳まで歩く(幻冬舎文庫)」、それに少し固めに「同一労働同一賃金速報ガイド(労働調査会)」と「職務・役割主義の人事(日経文庫)」です。

向学心のない体たらくの身、明日から“書き初め”と思しく机に向かって充電します。

 

2017.12.29

数々の話題と共に平成29年も過ぎ去っていきます。1年1年が歳をとるにつれほんと早くなってきます。年齢にともなって月日の経過スピードは比例するといつか聞いたことがあります。20歳の青年の1年は10歳の少年の2倍の早さで過ぎ、60歳以上の高齢者となるとその6倍もの早さとなる感覚です。

 

6倍というと1年12ヶ月ですから1年が2ヶ月間ということです。少し大げさかもしれませんが実感としては冬・春・夏・秋の4季がそれぞれ1ヶ月、計4ヶ月間が1年のサイクルのような気がしてなりません。

とくに今年は夏から一挙に冬になって季節感のない気候ではなかったでしょうか。

各地で異常気象が起こす風水害に見舞われました。野菜の高騰や魚介類の不漁も顕著です。

季節変動は大宇宙の法則からくるものなのか、それとも人間の飽くなき欲望がなせる技なのか、はっきりとは分かりませんがいつの世でも健やかで穏やかな月日の移ろいであってほしいものですね。

 

あとわずかに残す歳の瀬を、どうか無事故無病息災にご留意され晴れやかな新年を迎えられますように。

2017.10.31

11月の雅名は、神楽月(かぐらづき)って言うんですね。

そのほか霜月、菊月、雪待月、霜振月とやらもあるらしいです。

季語の挨拶用語にしても晩秋とか暮秋、向寒やら夜寒とも書くといいます。

立冬が7日で、小雪が22日というからほんと寒々しい言い方になるのも頷けます。

秋陽のつるべ落とし、日に日に陽も短くなっていきますね。

午後8時、戌の刻ともなれば辺りは真っ暗な闇。しかし月が満に連れてその闇を白々照らす秋の月夜。夜寒は身に染み静けさが覆う。どこからか儚げな篠笛の音が風に乗って漂う。

なんて、事を1人思い描くのは少々、現実離れの幻想でしょうか。

 

 ほんと1年1年がスピードアップして、あと2月もすれば「あけましておめでとう」さんの年替わりです。

そんな思いの昨今、ある6か月がかりのイベントを終えました。飽き性の自分が唯一長続きしている稽古ごとに篠笛があるんですが、その演奏をさせていただいた機会に恵まれたのです。下手は下手なりに練習を積み重ねなければ上達は愚かとても人様の前で奏でるなんてできないことはどんな稽古ごとにも共通です。

月に2度、師匠について習っているのですがその同じ生徒さんに同じ年頃の男性がいて、私が「なかなか練習できなくてえ~。」「練習読本、みてなかったわあ~」なんて言うものなら「そんなん、いいわけできないで。もっとせにゃあ~!」とぴしゃり。

あまりにごもっともなお叱りに何も言えない事が 日常になりつつあります。

つい先日、持ち歩いている手帳の巻末ページに、今年の抱負として1日30分、音程の飲み込みと音出しに考えながら篠笛の練習をする!」とちゃんと書いているのにこの様です。

何事も継続する意思を持ち続けることのなんて難しいことか。

こんな意志薄弱な思いは、数えきれません。20代のとき大阪梅田の旭屋で「リンガフォン」という英会話レコードを買って「さあ~英会話の上達するぞ!」と意気込んで、今や

外人が近寄って何か尋ねられそうなときはす~と逃げるという情けない姿です。ピアノも男の子2人が途中、ギブアップしてもったいないから仕方なし自分が手習いを始めて2年間で放り出し。なんやかんやで何一つ成就していないのです。

努力、継続には必要に迫られないと重い腰があがりませんし何よりもやって嬉しい楽しいことじゃあないとできません。その意味では取捨選択は自然でいいのです、と言い聞かせています。

いつか御金のとれる篠笛奏者として名を馳せたいなどとは思いませんが、かれこれ7年、続いている趣味は大事にしょうとは思います。

練習しなくちゃ上手くならない。この至極当然なことを“あたり前”としてもっと素直に受け入れなくちゃなりませんね。どうも私にはこの素直さが欠けています。

でも楽しみなことが少しずつ身に付き始めています。楽譜を見なくても知っている曲は不安定ではありますが音程に添って指が動くようになってきたのです。

これは大きな変化です。人との比較で自分のレベルをみるともうさんざんたる状態です。でも自分の内なるビッフォー・アフターの小さな小さな変化。これに気づいたのは大きな収穫です。

さあ~て。秋の夜長、彼方岸の向こうの“紫の君”を訪ねて夜な夜な練習に励むとするか。

2017.09.18

例年、この時期、台風が列島を襲います。この18号も多くの爪痕を残しようやく北の空へ去ってくれました。暴風雨の被害を受けられた九州や四国の被災地の方々には心からお見舞いを申し上げます。通常、台風一過は、秋雲のもと空も澄んでしのぎやすいんですが、空もあまりスカッとしてませんね。それでも彼岸花の茎ががむくむくと成長し、赤とんぼが気持ちよさそうに飛んでいます。

暑さ寒さも彼岸までといいますので、これからは本格的な秋の行楽日和になることをを祈ります。

 

さてこの3連休の初日は、遅がけの墓参も兼ねてふるさと母校の全学同窓会に出席しました。毎年、大阪からご祝儀で参加させていただいています。司会進行が輪番制になっていて、私より10年も若い後輩たちの活躍ぶりに大いにエキスをいただきこれからの励みと意欲にさせて戻ってきた次第です。

多くの先輩や後輩が国内外で活躍している姿を垣間見れる機会は学年を越えた同窓会組織がずっと存続してこそです。

時代世代の枠を超えた語らいのなかには人それぞれに受け取る感慨の違いはあります。

働き盛りの40代50代の方々は職場組織や経済の枠組みにしっかり組み込まれて、なかなか自分の自由な時間もとれないのではないかと思われます。同窓会の参加者も少ないのも頷かれます。

定年を迎えふるさとを離れ50年以上も経つにつれ昔の友達やふるさとの風情が懐かしく、気も向いてきます。 

あの“椰子の実”という歌詞に

故郷(ふるさと)の岸を 離れて

汝(なれ)はそも 波に幾月(いくつき)

旧(もと)の木は 生(お)いや茂れる

枝はなお 影をやなせる

とのくだりがあります。

そこまで大げさな感慨ではありませんが、ふるさとを思いやる気持ちは加齢とともにふつふつと湧いてくるものものですね。 これからの余生、いかに過ごすかなどと同期の友達なんかとよく話しをします。

しかし先日、亡くなった日野原ドクターの本を読んで、これからは”余生”なんて言葉は使わないと決めました。余生というのは人生の余りや付録ということで、先生は60歳代なんかはここからが新たな始まりなんだということを熱く述べておられます。

言われるとまったくそうですね。

90歳になられてミュージカルに挑戦されたり、98歳で俳句を始められた方です。

ユダヤ人哲学者、マルチン・ブーバーの言葉に『人は創めることを忘れない限り、いつまでも老いない』があるそうです。日野原drのモットーとその満ち満ちたエネルギーの有言実行ぶりには、周りにもビンビン感電してしまいそうです。

もはや人生100年時代に移ろうとしています。男性の平均寿命は81歳、女性は90歳近いです。この年齢はゼロ歳~亡くなる人の全平均ですので、今60歳の人はゆうに30年ぐらい生きられるということです。正に人生100年時代です。

「人生100年の計」が必要な時代です。

日野原ドクター曰く。60や70年は「人生100年のハーフタイムに過ぎません!」

「人生はアートです!」 

「どう死ぬかを考えるのはどう生きるかを考えることです!」

 

なんとも勇気のわく言葉じゃあないですかあ~。

さあっ~、仕事や!

さあっ~、篠笛の稽古や!

さあっ~、デートや(笑)!

さあっ~、○○○○や!

さあて

皆さんの○○○○は??

 

2017.08.16

今年のお盆休みもあっという間に過ぎて、さて今年も年末年始休みまでの後半戦が始まります。

皆さんはこのお盆休み、いかがお過ごしでしたか。

海や山に出かけたり、ゆっくりお家で過ごされたり、離れた家族と一緒に団欒したりしてそれぞれの夏休みを有意義に過ごされたことでしょう。

私も今年はことのほかゆっくり、読書三昧、昼寝三昧、それにちょっとあるイメージ曲の創作なんてことを洒落て試みながら過ごしました。

その中で読んだ本に百田尚樹氏ものがあります。百田氏といえば皆さん、ご存知のかなり偏向した思考の持ち主です。私も彼が何かとこれまで物議を醸す様子を苦々しく思っていた1人です。

しかし読んでいるうちにそのデータや事実根拠に触れ、ええ~、こういう考え方見方もできるものかと今までの思いが吹っ飛ぶことがありました。

この世の中いろんな考え方や見方があって当然です。それこそが民主主義です。楽しいことも辛いことも、嬉しいことも悲しいことも適度に混ざっている方が面白いですからね。

スマホやツイッタ―などで瞬時に社会の出来事が伝わり、その事実をあたかも発信側のナレーション付きストーリに置き換えられるとすると一体、何が本当のことか分からなくなってきます。

顕著な例として百田氏の発言と朝日新聞の情報とどちらを信じるかと言っても一般の者には分かりません。とかく話題の偽ニュースなのかどうかもさしたる判断が難しいです。

従って先ず一方の考えだけを聞いてそれをあてにするというか、鵜呑みにすることだけは厳に慎むべきことと思っています。何事も表と裏があります。

盗人にも一部の理があります。

人の営みの中に100対0なんてものはありません。意見や捉え方が異なる例がほとんどです。

あの人は大嫌い!という人がいるかと思えば反対に好き!という人もおりましょう。

こんな人とは金輪際、付き合わない!と突き放した途端、待ってましたとばかり別の方の意中の人となることもあります。

ここかようにこの社会、「捨てる神に拾う神あり」、「こちら立ててあちら立たず」、難しい組織論でいうと「部分適正であっても全体最適ではない」などいろんな矛盾がつきものです。

できることは片方の側から見るのは極力やめて両方の側に、しかも先入的に入っている自分の感情をいったんニュートラルにして、耳を傾けることが改めて必要なんだと改めて思いました。

これがなかなか厄介で難しいことなんですね。

まっ、何が正しくて何が間違いなんての答えを捜すわけでもないので、自分なりにいったん事の本末現象を周りのアンテナから覗き見ながら、自分なりの認識を再設計するという手段をもう一度、やってみるのも面白いのではないでしょうか。

そして行き着くところ自分にとって「好みか苦手か」の点末で判断すればいいのではないか、と思う次第です。

そのほうが人生楽しく愉快に過ごせますから。。

2017.07.08

当たり前のことですが、物事への感じ方、見かた、考え方は縷々変わるということを最近ことさら強く思います。

 

いい歳をしてなんや、あんなガキみたいなことをして。

いつまでも成長せえへんなあ。

苦労すりゃあ分かるんとちゃうか。

 

人は幼少~少年少女~学生~就職~結婚~家庭~高齢~終焉(終活)、、と

それぞれ折々に自らの経験を積み、人間関係に揉まれ、組織や社会からその立ち居振る舞いやらを実体験として学びます。

お父さんお母さん、先生や先輩から教えてもらい、勉学、職場、好みの読書からも多くを学び、気づきを受けます。

 

生まれたての赤ちゃんの時から家族になったわが家の愛犬(ミニダックス)さえも自らの学習のみで、ちゃんと私達の生活に馴染み、癒しの役割を担ってくれています。

ペットに比べ各段に豊かな学びや気付きの手段をもつ私達人間だからこそ、1人1人の営みには個性が生かされるものだと思います。

 

昨今、「多様性の社会」という現実を受け入れる重要性が求められていますね。

社会のマイノリティを認める。マジョリティに圧倒されない選択枝を考え尊重する。

そういう意識を私達は普段の生活のなかで発揮することなんだろうと思っています。

 

私自身も周囲の人から見れば相当変わっていると思っています。

自分を認めろ!なんて若気の至りの横柄さこそ少し薄くなりましたが、自分に卑屈になるつもりもありません。

どうせこの世に何が正しくて何が間違いなんかって基準も曖昧なもんです。

ただ人様に迷惑をかけ、生活を脅かすことさえしなければ、何をしたっていいんじゃないでしょうかね。

 

ただ人への干渉や自分の押し売りはいけませんわ。

仕事がら「こういう状態の場合は、こうしたほうがいいのでは」、との提案や打診はします。

でも決してこれが正しいなんて云い切りだけは避けたいと意識しています。

 

旧友や地域の仲間が議論白熱して口角泡を飛ばす様をみるにつけ、もうどうでもええがな、とつい思ってしまいます。

要は自分に合うか合わないか、好きか嫌いか、でよろしいがなと。

こういう私も20歳代のときは夜中までよく同僚や先輩たちと唾を飛ばし合って話し込んでいたものですがね。

角がとれてまるくなったなんて言われたくないですが、もう「あれか、これか」なんての断定よりは「あれも、これも」という推定するほうがを世の中、ハッピー。

自分自身も和やかに暮らせるような気がします。

まっ、変なこだわりを捨てようということですわ。

これも歳相応の生活の知恵なんでしょうか。

 

2017.06.25

市川海老蔵さんの妻の小林麻央さん(享年34)が乳がんで亡くなりました。

自らの闘病生活中、ブログを発信続けたことが多くの癌患者に勇気を与えたことに感動を呼びました。

病気の陰に隠れて生きるのはやめにしようとの一大発心から今ここにできることを素直にしたためる日誌のようでした。

子供や家族への思いやり、自分を支えてくれる人たちへの感謝、同じような病にかかっている患者さんたちに生きる勇気と希望を最後の最後まで書き綴っておられたのです。

私達は普段、何の意識もなく当たり前のように過ごしています。

近過ぎて見えないものなあに?

近くにあるとどうってことないのに

遠く離れると大きく見えるものってなあに?

と聞かれることがあります。

毎日がただ淡々と過ぎていることが、実はしあわせの本質なんですね。

それを毎日毎日が平凡で、つまらない。

つまらなくて退屈だと不平不満をいう人には、素直に感謝する心がどこか麻痺しているんですね。

私の友人に会社をリタイアして、家にいることにまだ慣れず落ち着かない心境を

「暇すぎて腹が立ってくるわ、もう何もかもがおもろもない!」と嘆いていました。

なにもない普通の毎日が、実は最高の幸せということに気づかないのです。

そういう私もどちらかと言えば張りつめ緊張した刺激のある方が楽しい輩のほうかもしれませんがね(笑)。

でも謙虚でいれば周りの人からいろいろな有用な情報やら手助けをいただくことが多いです。

少し気づくのが遅すぎました。

毎日毎日、つまらないって溜息ばかりついているとその人は本当に鬱病になってしまうらしいです。

反対に毎日毎日、「ありがとう。ありがとう。」って声を出しているとなんともいえない幸せ感が体の中に充満して、その人にいろんな喜びごとが掻き集まって舞い込んでくるとのことです。

皆さんも謙虚な気持ちでアンテナを張り巡らしてくださいね。

きっと自らのためになる有難い喜びごとを呼び寄せられますよ。

大阪市内の天神橋北詰にある中華料理店の大型看板に、こんなことが載っていました。

喜べば

喜びごとが

喜んで

喜びぞ集めて

喜びに来る

いい言葉です。

笑う角に福来る。

本当にそう思いますね。

要は自分の気持ち次第。

何事も感謝の気持ちで

喜んでいればハッピーになれるということではないでしょうか

2017.06.13

梅雨入りしてからというものずっといい天気が続いていますね。ラッキーです。

昨日、高校の先輩たちとこの秋、あるパーティでファッションショーを行う企画の打合せをしました。

私の故郷を全国へ、いや世界へファッショで発信したいとのかなりスケールの大きい主宰者の構想です。

どこまでできるか分かりませんが、こういうスケール感は私も嫌いな方ではありません。

ランチをしながらなんやかんやといろいろ話し合って、気が付くと正午から午後4時近くも過ぎていたんです。

お店の方も、あのお客たちは安いランチで、いつまでいるのやらと厚かましく思われたかもしれません。

でもお客も込み合っていなく、またフリードリンクでしたのでまあいいかと粘りに粘れたんです。

面白いことに夢中になっていると時間も忘れるぐらい楽しいものですね。

中心になってプロデュ-スする方は、この道でちょっと名の知れたファッションとデザインの専門家です。

どうしたら集まる人達に感動を呼び起こせるか。

こちらの意図するものが伝わるか。

より多くの方に共感共鳴の波紋が生まれるか。

こんなことができれば

こんなシチュエーションが用意できれば、、、

どんな方法でビジュアルにアピールできるか、、、

との思惑や期待はとめどもなく広がります。

このような時間は何時間たっても苦になりません。

仲間内にその企画は、ちょっと場違いじゃないの~、と言われても、この御人、

「だって、あ~たあ!この故郷には新たな光が必要じゃないっ!」

「そんなんだから遅れるんですよ。」

なんて間髪なく「だってあーたあ」調に説き伏せられると、敗北感よりそこまで言うんなら「一兆、やったりましょうか」となるのが不思議ですね。

人間、妙なもので不安や自信のない状況になると、誰かが強引に引導してくれたなら一騎当千、百万倍の勇気やら希望が湧いてきます。

誰かに強制される、自分の意志に反して頼まれる、

これがストレスのもとですよね。

楽しいことを連想し、そのプロデュースに関わることのワクワク感はとても面白く、声も弾みます。

5人の仲間でしたが、はじめから「そんなん、無理やわ~、誰がするん?、なんて言う人もなく、何とか協力してやり遂げよう、との打合せ って、とても勇気が出て、楽しいことと再認識しました。

できない理由は山ほどある。しかし出来る努力を皆でやれば自ずと成す。

後は笑い、涙、楽しみ、感謝感涙あめあられ。

言うが易し、実践難しですね。

いや言うも行いも同時進行ですね。

そのことが新鮮に響いた日でした。

2017.05.21

1月と先月のブログで「思い通りにいかないのが当たり前」とか「理解し得ないのが当たり前」とか、人間関係を左右するコミュニケーションの難しさに触れました。
民主主義の原則も、とことん話し合って情報を共有し、自分と異なる意見や気持ちを理解することで問題を解決していく仕組みの維持であるはずです。

ですが昨今の風潮は少し変だと思いません?
断定的ないい方が横行し自分の考えに近い情報ばかりに触れ、異なる意見には耳も貸さない。そういうコミュニケーションの分断が、家庭にも学校にも地域でも、果ては国に、世界に(とりわけ政治の世界に)と広がって、それがいろいろな格差や偏見を助長させているに思えてなりません。

そもそもコミュニケーションのねらいはなんでしょうか。
ずばり人を動かすことですね。
それには分かりやすく話し、人の話をよく聞く、聞き上手になることだと思うんですね。
コミュニケーションの研修で私は次のスライドをよく説明します。

自分がやってもらいたいと思うことを
やってもらいたいときに
やってもらいたい方法で
しかも本人がいやいやでなく、
喜んでやってもらう・・・・

とのフレーズです。
そしてその基本には傾聴と説得という2つの姿勢が必要であることを理解していただきます。
例えばアンダーラインの個所でいうなら
やってもらう内容ですね。少なくとも
①  目標の明示②いつまでに③どのようなところまで④誰の協力を得て
の説明がなされないといけないでしょう。

ときにというタイミングも大事です。
①  仕事の優先順位を考え②相手の受け入れ状況をみて③腹積もりを事前に言いながら

方法は
やってもらう内容の①知っている程度を確かめ②主なステップを1つずつ言って聞かせ、やって見せ、かいて見せ、やらせてみて③分かったとわかるまで確かめて
のポイントがあります。

喜んでやってもらうには
①なぜ頼むかわけを言って、その内容をやりたい気持ちにさせる②やってもらっていることに感謝、協力の手を差し延べ③やってもらって後に激励賛辞の意を伝えて⑤共に喜び、労苦に応える
ということになるでしょう。

皆さんは、いったいどの程度、これらを意識され話し合いに臨まれていますか。
大抵の人はそんなん言わずに知れたことやん、「以心伝心」ですわ、前にも言ったことやから、、、と安易に流していませんか。

私も全然、できていません。だからこそ
話し手の立場からは、他人と自分は「違うこと」を前提に
聞く立場からは「本当に自分は分かっているか」を考える習慣を
持たなければならないと思っています。
この姿勢は歳と共に強くしなければとも、、。

2017.05.07

今年の大型連休が終わりました。皆さんはいかがお過ごしでしたか。気候よし、天気もまずまず、各地大勢の人がごったかえしていましたね。
予定は未定と言いますが、僕はほぼ予定通りの期間を過ごしました。
信楽に倉庫を持っていますが、年に2~3回しか行けなく雑草がぼうぼう状態で、近所から苦情が出るのではないか、と気になっていました。
草を刈り、地面に除草用の黒シ―トを張って完全にシャットアウトしましたよ。また倉庫のトタン屋根にホワイトのペンキを塗り、これで2年間は雨漏りの心配はいらないです。
この作業、締めて2日間、職人さんに頼めば3万円はかかります。節約しました(笑)。

 

これで気を良くして6日土曜日は久しぶりに京都の淀に行き、次男と一緒に競馬を楽しみました。
結果は5レースから12レースまでアウト1万円、イン1万円と半日のゲームをの楽しむには安すぎる余暇時間となり面白かったです。
鮮やかなグリーンの芝をけなげに走るサブレッドの表情が真剣で凛々しく、馬券を外しても少しはこの馬達の足しになると思うと惜しくもなくなりますね。
ちなみに次男は勝負勘があるというのか、正味6万円のゲットでした。
親子というのに貼り方が僕と1ケタ違います。なんかケチくさくて情けなくなりましたわ。

 

当日の最終レースにびっくりしたました。何と3連単で560万の配当が出たんです。この数字のすごさ、分かりますか?
100円の馬券が560万円に返金されるビッグな「当たり馬券」のことですよ。
500円で買ってたら2,800万円、1,000円なら5,600万円、1万円なら5億6,000万円、、、悔しい!!
2着、3着に超人気薄の馬が着けば、こんなこともあるのです。
まっ、結果論で一喜一憂するのが博打にはまる悪いパターンですがね(笑)。
夢を買うには宝くじも一緒ですが、競馬は馬の脚足や性質、他のライバル達との駆け引き、ジョッキーの勝負勘などを予想し、フォーメーションを思い描き、何度何度もも頭の中でシミュレーションして、2分前後のドラマに賭けるいう点ではロマンがあります。
数々の難関を潜り抜けてのビクトリー、気持ちいいものですね。
(7日のNHKマイルカップG1も単勝アエロリットを1点張りでゲット。ビクトリー!!しちゃいました。)

 

あっ、そうそう4日は念願のホンダCPXで初めてのツーリングに出かけました。三重と滋賀の県境の高原にはまだ山桜が満開でしたよ。
新緑はあくまでもみずみずしく、空の青にも映えてまさにグリーンの風ライダーに変身するひとときです。
あまりに美しい自然の息吹に目がとられ、細い地道の路肩にタイヤが取られそうになる危ない個所がたくさんありました。

ゴールデンウイーク、それぞれの過ごし方に幸あれ!
とにもかくにも無事故無病息災で過ごせたことに感謝。
明日からの仕事モードにスイッチオンするためにも今夜は早めに寝ることにします。

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